皆さん、大変ご無沙汰しております。
お元気でお過ごしでしょうか?
5月1日付けで個人事業主を廃業し、顧問業に専念することにしました。イスラエル及びトルコのパートナーとこの3年間ビジネスを進めて来ましたが、戦火の下では何も動かないですね。今は自由の身です。フリーランスですね。
さて、前回予告してからかなりの時間が経ってしまいました。
私が北京に駐在していた頃の話ですので、もはや大昔となってしまいました。1995年に起きた事です。当時、プラント部の駐在員として北京事務所で勤務しておりました。ある日、オフィスの受付に怪しい人が来社。受付の女性が私に電話して来て対応して欲しいとの話。
彼は小柄で痩せており、かなり憂鬱そうな表情でした。丁重に会議室に案内しました。もう昔のことではありますが、ご本人の身の安全の為にも名前などは伏せておきます。
彼から、自分は河南省駐馬店市郊外の農村からやって来たと自己紹介がありました。「中国最古の仏教寺院である白馬寺の傍ですか?」と聞いたら、「そうです」との答えでした。すると、彼は少し緊張が解れたのか涙ながらに「私がいる農村は村全体が貧乏で、収入も殆どありません。飢え死にしそうです。助けてください」と言って来ました。農村の窮状は当時酷かった様です。続けて、彼は元々人民解放軍で兵役に就いた事があり、彼の同僚が中南海の警備を担当している、元上官は国の上層部の護衛にあたっていると言い始めました。直ぐに嫌な予感がしました。すると彼から、「中南海の軍情報について有償で提供したい」と言ってくるので、間髪入れず私から、「全く興味がない。我々は商業活動しかしないし、それ以外は興味がない。この会議室に盗聴器があるかも知れないし、この様な話は貴方にとって極めて危険。弊社にも公安部から派遣された社員もいる。二度とこの様な話は持ち込まないで欲しい。それは、貴方自身の為でもある」と、彼の話を途中で遮って会話を中断しました。
彼はそれでも目に涙を溜めて村人が餓死してしまう!と訴えてくるので、私からアドバイスを差し上げました。「中国は鄧小平の開放改革政策に於いて、外資導入に最も注力している。貴方の出身地の市政府と相談して外資導入の事務所を立ち上げては如何?」と提案したところ、彼は涙を拭いて「早速、考えてみます」とのことでした。彼を弊社オフィスの正面受付まで見送りし、頑張ってください!と激励してお別れしました。
これには後日談があります。いつ頃か具体的な時期は忘れましたが、彼は再度弊社事務所を訪れお礼を言いに来ました。彼の手には彼の名前が入った駐馬店市政府外資導入弁公室の名刺が握られていました。
以上は全て実話です。何を申し上げたいかと言いますと、中国が名目GDPでアメリカに次いで世界第二位になっても、現在も年収2000元(4万円)以下で生活している人達が数億人いるという事です。国民一人当たりの名目GDPは、中国は1.3万ドル程度で世界70位です。幸福度指数は更に下。国土が広く人口が多いと言うのは苦しい言い訳に過ぎず、中国が日本を逆転したと主張する傲慢な中国人達は何もわかっていないのです。
大都市の住民は自分達の生活が良くなった、国が豊になったと偉そうに言うでしょうが、彼らは自分達のことしか見ていないのです。まあ、中国人にありがちな自分ヨガリ。農村や山岳地帯では日々の生活に困窮している人達は無数にいるのです。
我が国日本、アメリカ、西欧諸国は労働集約型産業や汎用品生産は投資コストが嵩み、経営効率が悪いので海外に移管しました。そして、先進技術、高付加価値製品の製造に特化するという選択をしました。我が国は常に進化しています。
我々日本人で良かったですね。大いに誇りましょう!