HSPの私 〜世界の広がり〜
前回私の生い立ちについてざっくり説明させてもらいましたが、それまでは人の顔色を伺い、我慢して、今ある環境(看護師)で頑張って働くことが私の人生だと思っていました。
また、家族に対しても
兄は大学に入学も、3年次に休学。復学するも、「自分のやりたいことと違う」と大学を退学。その後、叔母に費用を負担してもらいゲームの作成について勉強し、仕事をすることができています。しかし、仕事が安定するまでに多種問題もあり、私は兄に対して不満がありました。
姉は性格は素直なのですが、同級生に「宇宙人」と言われるぐらい人と変わっていて、自分の興味のあることしかしたくない、世間知らずな性格です。体格も豊満なため、働き始めの際にダイエット器具を100万で売りつけられ、そのつながりなのか羽毛布団も売りつけられ。挙げ句の果てには購入後1週間で修理が必要と勝手に持っていかれ追加で10万請求されたという経験があります。払えずにいると、男性2人が家まできて、アコムに車で連れていかれたそうです。
こんな兄姉を見ながら育ったため、私は「結局何かあった時に支えるのは私なんだ」と考えていました。しかし、心の底では「支えたくない、むしろ支えてほしい」と思っていました。
世界の広がり
私の近所のおしゃれなお店。最初は職場の同僚と。次は、読書会という謎の会で出会った子と。最初は恐る恐る入ったお店でしたが、何度も通ううちに一人でも行けるようなお店になりました。そこに来るお客さんは、絵が好きで絵本を書いている奥さん、それを支えている旦那。また、仙人のような風貌で画家・占い・美容師などマルチタスクを持っている男性。都会から少し離れた農地でこだわりの野菜を育てている農家さんなど多種多様。全ての人が私の目にはキラキラして見えました。そんな人々を見ながら私は「やりたいことを仕事にしててすごい」と毎回称賛していました。内心「こんな人生あるんだと。でも私にはできないけど」と思いながら。その時店長が「みんな人生に向き合ってるからね」と私に言ったことが今でも忘れられません。普通に会社員として働いていた私(又は私たち)が、人生と向き合ってないということは決してありません。しかし、ここに来る人たちはより「自分がやりたいことは何か」について考え、行動していたのだと感じました。何よりもそこのお店の夫婦は、毎日自分たちが何をやりたいか、人に何を提供したいか考え、話し合いながら、私たちが過ごしやすい居場所を提供してくれていたのだと。時には厳しい言葉もかけてくれ、「こっちの世界においで」と誘導してくれていたのかなとも今では思います。
私もその環境が刺激になり、その時の職場を思い切って職場を退職することにしました。私が潔よく退職できたのは看護師という仕事の特性(仕事を選ばなければ就職に困らない)もあったからかなとは思います。