こんにちは、今日は引き続き母のことについて書こうと思います。
今でもおもい返すと母は毒親だったとしかどうしても思えないのです
母は、理想の子供、理想の家庭を押し付ける人だった
母は昔付き合ってた人がいたが、兄(障碍者)の世話で結婚ができなかったため、仕事で父と知り合い、結婚したとのこと
結婚式も本当はにげだそうとしていたらしい。
好きな人ではなかったってことだよね
そこからは、先ほど私が今まで話した通りの母です
わたしが20代のころ「お前は外見も中身もよくないから、資格を取れ」とか「はしにもぼうにもかからん」と言っていた
そして、統合失調症の姉の面倒を押し付けて、自分は仕事に逃げていた。
私の就活の時は教員を進めてきたりした。個人的に教員については碌な思いでがない。
小学生のころ担当の先生がいじめっ子気質と高校時代被害妄想タイプの先生と人を馬鹿にする先生がけっこういたからだ。
ああいうところで働くのはナンセンスだと思った
母は親戚のことと私を比べてた
そして、近所では「心理カウンセラーっていいんさいね」っていって自分の子供が障害を持ってることを周りから隠そうとしてた
わたしが一度外資系企業に入ったときに母が「努力した人は背広をきてから管理職になるんよ」と言われ、まるで私に「努力が足りない」というような言い方で言ってきた。
もう昔だけど。。。
今思う、私は母に認められたかったんだと思う。
ヤングケアラーの体験なんて碌なもんじゃない。
母は亡くなってだいぶ楽にはなったけどね