会社で心壊して適応障害にになって、長崎大学病院精神神経科に入院しました。ここでその心療内科病棟で出会った方々の話しをしたいと思います。 


 入院されている方には、本当に重症で歩くこともまともに出来ず介護が必要な方から、私みたいに休養を兼ねた患者もいて症状は様々ですが、ある程度改善すると病棟からでて散歩できたり、売店での購入することを許可されます。

私も2週間入院したころ、病棟内の外出が許されるようになりました。

別にすることはないんですが、売店に買い物に行ったり、病院内をうろうろするだけだなんですが、病棟でて散歩するだけでも気分は違いましたね。

それから1週間して病院からの外出が許されるようになるんですが、条件は必ず付き添いが就くこと。

私は妻に来てもらって外に出ることが出来ました。


病院近くに長崎西洋館(今はもうありません・・・・)でコーヒー飲んで時間過ごしてました。

初めは外出2時間だったのですが、妻といれば夕食の時間までに戻ればいいようになり、その後は週末は外泊(自宅療養)も出来るようになりました。

しかし一人での行動は制限され、妻が同伴という条件は変わりません。

なぜかというと、外で会社の人間と会うことを制限させたかったからだと思います。

会社も私への連絡は妻を通してからしかできなくなっており、この頃は会社からの連絡も無くなって、私の中でも会社の存在は遠くにあるような感じしていました。

勿論会社復帰の事が不安でなかったとは言えませんでしたが・・・・・・

あの病棟の中では消えていました。

そうするしかなかったからですからね。


 実はこのことは会社の同僚には伝えていませんでしたが退院する1週間前は、長期の自宅療養していました。ただ自宅にいて街中うろうろすると、どこで誰にみられるかわかりません。その間私は実家の宮崎に帰っていました。

もちろんこの事は医師にも伝えていますし、

「長崎離れて過ごすのもいいかもしれませんね・・・・」と了解は得ていました。 

でも夏の長崎は蒸し暑いんですよ、宮崎だって同じ・・・・あの涼しかった病棟が逆に恋しく感じたりしていました。

自宅と病棟行ったり来たりしてるうちに、病棟の居心地がよくてなじんでいたのかもしれませんね。


 宮崎に帰り1週間のんびりしていました。やせこけた体見せると母は涙しました。

父親も自分と同じ営業職での苦しみを耐えてきた息子見て、さすがに心配してくれました。

でも顔にはもう悲壮感はありません。食欲だって戻ってきたし、夜眠れない事も少なくなりました。

「もう少し頑張るから・・・・・大丈夫だよ!」


実は1週間の外泊する前にキム先生からあることを言われていました。

その言葉が私に未来を開いてくれたんです。


 ここで私が入院したいた間の会社の事を書きます。

 長崎大学の大澤教授は、私が入院したと同時に私の会社の産業医に連絡とったみたいなのです。

私の病状、入院の経緯、そして今後の治療の話し。

これは長崎営業所や、九州支社をはるか超えて本社レベルでのやり取りになったったらしくそれまで威張り散らしていた所長の元へ、産業医から直接状況確認の連絡が入りました。

勿論バカな所長は自分保護の考え方で

「すべてあいつが悪い!」

の弁明だったと思うんです。


私はそれまでの経緯を教授に話ししていました。

ただ所長の悪口は一言も言っていません。

私がしたことがうまくいかずに、そのことで所長に責められ、何とか打開しようとして努力したけどどうしても認めてもらえない。

結果自分の力不足が招いたことなんだと。


多分そのことを教授は産業医に伝えていると思います。教授は言いました。

「仕事だから成果を求められそれに対する指導は絶対にある。だからそこで怒られても仕方は無いです、でも彼(所長)は度が過ぎています。もはや異常です!」


 産業医と所長の会話は想像できませんが、でも大学教授とのやり取りに否定できるような力は持っておられませんから、多分素直にお聞きになられたとは思います。

もうあいつは手に負えない・・・・・・・

俺も元から放したい・・・・

と思われたのではないでしょうか。 

それ以降妻の元へ、現状確認の連絡は無くなりました。

妻へは毎週状況教えてくれと頼んでいたみたいなんですが、もう連絡は不要ですと伝えてきました。

そんな時でも

「ご主人の事は、病院と会社が守って行きますからね・・・・」

と心にもないような言葉を言ってきたらしいんです。さすがにその時は妻も怒り感じたらしいんですが、でももうこれで声聞かなくていいかと思うとほっとしたと言っていました。 


私の残した処理は、同僚の方々が対応してくれました。これは本当に感謝しています。

でも私が抜けた後、怒りの標的は次の方へリレーされ、新たな被害者を生むことになるんです。

後日飲んでる席で聞いたんですが、異常行動はさらにヒートアップして多くの方に反感を与え、所長の座を失うまでそれは続いたそうです。 


悲しいですね。早期退職で辞められたあと、二度と表に出てこられることはありませんでした。

飲んだ席での話題はいつも所長の事・・・・・

皆口々に言います!

あいつは酷かった!絶対に許さない!



今日の弁当

サラダとサラスパ

2色唐揚げ☺️昨日の残りです!

美味しくいただきました。




 会社で心壊して適応障害にになって、長崎大学病院精神神経科に入院しました。

ここでその心療内科病棟で出会った方々の話しをしたいと思います。


 いつものように私指定のシートで、ナースセンターを見ながら人間ウォッチングしていると、ここでは珍しくスーツ姿の男性が入ってきました。

後ろには妻と思われる女性と、その男性の母親であろうと思われるご年配の女性がの姿が。

たぶん付きそいできてくれたんでしょうね。

でも見た目は普通のサラリーマン風?もしかしたら連れの奥さんの方が病気?かなと思ったんですが、でも間違いなく入院するのはそのスーツ姿の男性でした。


 私が初めてここに来た時のショックは相当なものでしたが、多分この男性も私と同じようにショック受けているんでしょうね。

院内を見回した後大声で

「こんなキチガイたちのいる場所に住めるか!」

「俺はこんな奴らとは違う!入院なんかするもんか!」

と大声で叫び始めたんです。

奥さんはあわてて旦那さんを慰め、大声を出すことを抑えようとしていますが、やはり旦那さん病気なんでしょうね、

スイッチ入ると止めることが出来ない・・・・・・ 看護師がやってきて、旦那さんを慰める様に背中を擦ってあげたことでようやく大声は止まりました。

「大丈夫ですよ、山田さん(仮名)、ここの入院は強制ではありません。ご自分の判断で入院してもらってます。嫌でしたらどうぞお断りください」

「無理はしなくていいですからね・・・・・・」

その言葉を聞いてスーツの男性はやっと落ち着きました。

しばらくソファーに座って、奥さんと会話していましたが、本人は俺は入院はしない・・・・の一点張り。そばで聞いてる奥さんの顔は曇っている。


 多分なんだけど、このスーツの男性は真面目なサラリーマンなんだろうなと思います。

私と同じように上長に責められたのか、仕事で苦悩していたのか分かりませんが、ただ言えることは私と同じように限界の状態でいるのはよくわかりました。


 仕事も頑張り、家庭も守り、よい父親であり続ける。実はなかなか厳しい事です。

会社で悩みストレスを相談できる方がそばに入ればいいですが、私のように妻にぶちまけていたとしたら、もしかすると奥さんも限界になっているのかもしれません。

奥さんは藁おもつかむ気持ちでここに旦那さんを連れてきたのかもかも知れません。 

「俺はここに入院しない!」と最後まで叫ぶ旦那さんを連れて、3人は帰って行かれました。


でもこれが最後のチャンスになるかもしれないんですよね。今の私だから言えるけど

「ここに入らないと病気は治らないよ!」

はたしてあのスーツの男性が戻ってくるか、二度と戻ってこないか、どっちかな?

3日後あのスーツの男性は戻ってきました。多分奥さんに説得されたのでしょう、結局入院することになりました。

どう説得されたかはわかりませんが、多分しばらくの間ゆっくり休んだらいいよ・・・・

みたいなこと奥さんにいわれたんでしょう。


割り切る為にその男性は、バカンスでもするような気持ちで入院したのだと思います。

入院グッズにギター、たくさんの楽譜、CDプレーヤー、ヘッドホン、そしてパソコンを持ち込んできました。

勿論パソコンはナースステーションで没収されましたが、彼は今まで仕事で忙しかったので楽しめなかった趣味を、ここで楽しもうと思ったのでしょう。

それと周りにいるキチガイみたいな患者さんと、俺はこんなに違うんだぞ!と言うことをアピールしたかったのだと思います。 

気持ちはわかります。でもそのプライドがあなたを今の病気にさせたこと、まだ気が付いていないんでしょうね。

何もかにも忘れてゆっくり休むことが大事なのに、

そして自分を治療してくれるのが医者でもない、薬でもない、周りにいる患者さんたちなのに・・・・・・このことは私も退院して、しばらくしてから気が付いたのですがね。 


でもここに入院できたことで、少なくとも奥さんを直接苦しめたり、仕事で挫折して眠れない夜を過ごすことは無くなりました。

私と同じようこの方もつらい思いされてきたんだと思うんですがね。 


しばらくはソファーでギター弾かれている姿見ましたが、誰も一緒に歌ってはくれないし見向きもしない。そのうちギター弾くことはおやめになられました。CDもヘッドホンで聞かれていましたが、聞き飽きたのか何もしないでベッドで横になられて過ごされることが多くなりました。


 やっとここでの生活に順応できたのだと思いますよ。ここでは何もしてはいけない・・・・・・何もしないことが最大の特効薬なんですから


今日は

ミートボールです!勿論チンですけどね!

美味しくいただきました!




心療内科病棟に入院しました。 会社で心壊して適応障害にになって、長崎大学病院精神神経科に入院しました。ここでその心療内科病棟で出会った方々の話しをしたいと思います。 


 ハイジさんがいなくなってしばらくして、新しい患者さんが特別個室に入りました。

ハイジさんと違い個室で歌うことは無く、むしろ静かに過ごされているので存在感が無く

「だれなんだろーね?」と噂?なっていました。

患者さんたちは他人には興味はないんですが、新しものには注目してるんですよね・・・

気持ち的には、今の環境を乱すような物が現れる事を嫌がっている、みたいな感じでしょうか。 


3日ぐらいしてソファーにこの病棟では珍しい、女子高生みたいな女の子が座っていました。

そう彼女なんです、あの個室に入っていた患者さんは。

どう見てもおとなしい普通の女子高生。でも気になっても彼女に声かけるわけにもいかず、周りの患者さんたちも

「まだ若いのに可哀想ね・・・・・」

と噂をしている感じです。

 ポニーテールしていて、もちろん小顔で目はパッチリしている。さすがに入院中なんで笑顔はないけど、もし笑っていたら可愛い子なんだろうなと思います。


じじい、ババアの病棟の中でぱっと咲いた花のような・・・・・ 

でも彼女はこんな真夏なのにいつも長袖なんです。病院内はクーラー効いているので全然長袖でも過ごせますが、でもある時見てしまいました。

彼女が食事前に手を洗う時、袖が濡れに様に少し袖をめくったんですが、腕にはリストカットの跡がいっぱいい!何度も切ったんでしょうね、

傷はかさぶた状になって盛り上がっていました。見た目はおとなしくて、かわいらしい子なんですけど、その傷は彼女の苦しみの跡なんでしょうね。


ここには体や心にいろんな傷もった方がいらっしゃいますが、彼女もその中の一人なんです。 

しばらくすると彼女の母親らしい方が面会に訪れました。心療内科病棟には面会室はありません。面会に来られた方も鍵開けてもらってナースセンター通って、この鉄格子で囲まれた病棟に入ってもらいます。

そしていつものソファーの上で会うことになるんです。 彼女はあまりしゃべりませんので、母親の会話のみが聞こえてくるんですけど断片的な会話の中で彼女が今いる立場がなんとなくわかりました。


これも勝手な想像なんですけど、父親の暴力で彼女は苦しんできたこと、

学校でいじめみたいな?ストーカーみたいな相手がいて、最終的に暴力を受けていること。

性的被害があったかは分からないけど、とにかく周りの親たちが彼女を守ってやれず、今のような状況に追い詰めてしまったこと、

母親は彼女に詫びていました。もっと複雑な何かがあったのでしょうね?


母親が帰った後彼女は部屋の隅っこで泣いていました。しばらく泣き続けたあと、彼女は鉄の壁を自分の手で殴り始めたんです。

部屋中にガンガン!という音が鳴り響きました!

その異変に気が付いたのか、看護師たちが慌てて彼女を抑えようとしました。

拘束具でぐるぐる巻きにされた彼女は、特別個室へと連れて行かされました。

壁には彼女の血がついていました。みさきちゃんの怒りの矛先は、自分の体を痛めつけること、なのかもしれません。


 その日は昼から風が強くなり台風が長崎に近づいているため、夕方からは雨と風がひどくなってきました。病棟の外の木々は大きく揺れ、窓には激しい風がごうごうと当たり、のんびり時間が過ぎていた病棟は異様な雰囲気がありました。

 「今日は台風だからスタッフは多目にね!・・・・」とナースセンターの主任看護士が部下に指示しています。

台風で災害が起きた時の準備かな?

と思っていたんですがそうではありませんでした。

普通であれば夕食が済んだ後、患者さんの多くは自分のベッドに戻って休むんですけど、今夜は違ってました。多くの患者がソファーの部屋にいるんです。


確かに台風が怖くて、大勢の人がいる場所が安全?のような感じがするのかと思いますが、本当は違っていたんです。

 病棟内は自分の事だけ考えていればいいんです。

他人の視線は気になりません。

簡単に言えば、人間としてのプライド意識は二の次になって、一人の生き物みたいな感じなのでしょうか、そうここは人間動物園、人間も野生化するんです。


 嵐がひどくなると病室の外で、どこかの野良犬が遠吠えあげました。

すると病室内の患者がざわざわざめくんです。

独り言言い始めたり、貧乏ゆすり始めたり、うろうろ歩き始めたり・・・・・・

看護師に聞くと

「人間も生き物、嵐になると血が騒ぐんですよ。だから日頃してないような行動をしてしまうんです。危険な行動する方もいて、そんなときの為にスタッフ大目に待機しているんです。」

確かに普段見られない動きをしている。風が窓に当たってうねりあげると、個室におられる方々が鉄の壁たたき始める。

そうでない方々も落ち着きを無くし、目を見開いて外の様子を見ている。

 コンクリートでできた病棟台風の風ぐらいではびくともしないけど、鳴り響く風の音と、壁を叩く音、始めて体感しました心療内科病棟の嵐の日・・・・・・ 


個室にいるみさきちゃんは泣いているらしく、壁の向こうから嗚咽している声が聞こえました。

嵐の夜、心療内科病棟は様々な人間模様が垣間見ることができるのです。


金曜日の弁当

2色唐揚げ弁当

もちろん冷凍物ですけどねぇ!

サラダもつけてます。