三面大黒天との出会いを求めて、編集子が7月に一泊二日の旅を二度してきました。京・大和と太宰府です。そのメモをご紹介します。
これまでにしたことのない京都・奈良の旅であった。定番の渡岸寺の十一面観音さんとの邂逅は別にして、三面大黒本からコピーした寺社の何体かをたずねることにした。
一日めは渡岸寺でせいいっぱい。
二日目、白鳳伽藍復興、東塔解体修理中の薬師寺を訪れたあと、東寺へ。なんと西の京駅、近鉄特急が止まるようになっていた。
が、次の特急は一時間後、各停で西大寺に向かい、奈良からの特急にのりかえ、一路京都へ。
トーハクでの東寺展。十五体のお出ましはあったが、スカスカの展示法が私には気に入らなかった。背後からみられる……ということでの展示だったらしいが。
今回久しぶりの講堂。二十一体との面会が叶うと思っていた。が、金剛波羅蜜像が修理のため遷座中。結句、二十体との面会であった。お戻りになるのは2022年。果たして、お目にかかることができるだろうか……。
しかし、一体欠損とはいえ、講堂での邂逅は一入。扉側からシルエットとなる立体曼荼羅を眺めるのは法悦としかいいようがない。
さて、今回は立体曼荼羅にひたっているわけにはいかない。
三面大黒という課題がある。三面大黒本によれば、東寺三面大黒天は秘仏、60年に一度の開扉。しかし、大黒堂の場所だけは確認したかった。
拝観の折りにちょうだいした境内図では大黒堂が確認できない。売店で三面大黒天の図像だけでも入手しようとしたところ、図録集の天部に収載されていることを売店の女性が教えてくれた。その方に大黒堂の所在をたずねたところ、境内西側にあることがわかった。大黒堂の外観は添付写真を参照してもらいたい。扁額にははっきりと「三面大黒天」と記されている。
六十年に一度の開扉の理由については尋ね損ねたが、甲子の年だろう。すると次の甲子は2044年。ちょっと拝観は無理そう。図録で対面するしかない。
さて、朝のスタートが遅かったため、そそくさと次なる社へ。
近鉄京都駅から橿原神宮行き特急で大和八木へ、名張方向の急行電車で次の停車駅が桜井。そこでJR桜井線に乗り換え、一駅。三輪に到着する。
ちょっと横道。JR桜井線、立派なローカル線。しかし入線してきた車両、ピカピカの新造車。運転手さんにおたずねしたところ、この春から運用されたばかりの車両。しかもワンマン運転仕様はこの桜井線が初の運用。こんなこともあるんだ。
一時間に二本の電車で一駅。三輪到着。
京・奈良は足繁く通ってはいたが、神社系を訪れることはほとんどなかった。故に、大神神社は初めて。
進行方向右側が神社のはずだが、駅出口は反対側。ぐるっとまわっていかなくては参道に向かえないようになっている。駅前に少しある商店街を通らせる、ということか。
小さな商店が並ぶ通りを五分ほどいくと参道にぶつかる。
しばし歩くと鳥居。これは二の鳥居で、後ろを振り返ると一の鳥居がのぞまれる。
うっそうとした木立が目にはいる。すでに気を感じる……といったら嘘になるだろうか。寺院では感じることのないものだ。
京/奈良には高二以来、何度となく訪れているが、訪れようと思って神社を訪れたことはない。だから、大神神社は初めてになる。それでも、この気は感じられた。
三面大黒本で調べたところ、休日には宝蔵庫が開放されているとのこと。だらだら坂、階段をいくつかのぼり宝蔵庫へ。
ここで、三面大黒と対面できた。結果として今回、京・大和で対面できた大黒さまはこの一体。
大黒像が収録されている図録類がないため、全体像については三面大黒本で我慢してもらうしかない。
三面とはいえ、脇のお顔は毘沙門さんや弁天さんには見えない。
中心の大黒さまと同じ形相だ。手には宝剣、袋はもってはいるが、お二人とも頭巾をかぶっている。どうみても、大黒様だ。
ガラス越しではあるが、立派な三面大黒に対面でき、ホッとした。造像は江戸時代かと。
来たかいがあった。ということで、一時間に一本の桜井線を待つ間、すこし寂しい商店街にあった「そうめん」屋さんで遅い昼をとる。本場「三輪そうめん」。おなかもすいていたので、バッテラとのセットを頼む。
さて、奈良駅で愚息と待ち合わせているが、時間が少しできそう。
折角、ここまできたのだから、もう一箇所訪れるか。
桜井線帯解駅そばに帯解寺があり、そこにも三面大黒が鎮座していると予習していた。
安産祈願の寺のようだが、いってみる。桜井線のダイヤを確認して途中下車。
寺宝を拝観したいというと、安産祈願で参堂していたご家族といっしょに僧侶が案内してくれる。が、ここも秘仏ということで厨子におさめられている。
それでも、開扉は春と秋にされるという。春は3月1日から15日まで。
秋については要問い合わせということ。
桜井線帯解駅ホームでは80代のお年寄りとベンチで並んで電車待ち。
耕作できなくなった田んぼや畑の処理のことを語り合っている。地域の農協で扱いが異なることがわかる。お一人の方の畑は農協が柿の木を植え、収穫などの管理をしてくれている由。
最後は政治の話に。「苦労していない人間はだめだよね!」と語りはじめる。どう考えてみても、今、首相を務めているあの人のことだ。そんな話題にはついていける。会話に交じってしまった。
そうこうするうちに一時間に一本の電車が。新造車ではなく、国鉄時代の105系車両。東京近郊ではもうお目にかかれない車輌らしい。きくところによると、2019年10月のダイヤ改正で全車新造車に置き換えられ、退役するとのこと。乗るなら、いまのうち。
最後はテツの話になってしまったが、これで、今回の一日三面大黒巡りを終了。
成果は東寺の大黒堂所在地の確認。大神神社の三面大黒天との面会。実物をみることによって三面大黒本では触れられていなかったことが判明。
26日の不忍池辯天大黒堂の護摩を楽しみに。
追記:17、18日は、樹花舎より8月に刊行する『デモってすばらしい!?』の編者との、最初で最後の打ち合わせのため、13年ぶりに福岡にいってきた。アポがとってある書店営業の時間まで間があるので、太宰府に足を伸ばし、観世音寺を訪れた。ご存じの方もいらっしゃるかと思うが、5メートル余の馬頭観音が収蔵されている。日本最古の梵鐘(国宝)もあるのだが、私の目当ては宝蔵の仏たち。ぎっしりと宝蔵に鎮座している仏たちをみると、当時の日本における太宰府の地位がわかるような気がする。トーハクにもお出ましになったことのある馬頭観音目当てであったが、解説のテープに導かれるように、コの字型に鎮座する仏を一体ずつ鑑賞する。すると、大黒天がいらっしゃるではないか。姿は立像で「大黒」のイメージからはほど遠いお姿。解説によると、日本でも最古の大黒像ということになるらしい。太宰府の地でこのような大黒さまにお目にかかれることになるとは。
14日から始まった一泊二日の旅二本立てはひとまずこれにて打ち止めとなる。
花村(2019年7月31日記)




