45年前の1月16日
その時私は十四代目勘弥の叔父の公演で
父と共に中日劇場に出ておりました。
その朝
京都南座出演中の八代目三津五郎の叔父の訃報が
父の元に入り
楽屋は重苦しい空気に包まれていました。
実はその二月から
私は三津五郎の叔父の部屋子に入ることに
なっていたのです。
そこへ
勘弥の叔父が涙を溢しながら
入ってきて
健ちゃん(父の本名)
トシちゃんが死んじゃったよ

と仰った顔が今でも忘れられません

少し話してから

私にお前はウチに来ればいい
と言ってくださいました。

その勘弥の叔父も
その月が最期の舞台になってしまいました。

そしてその五年後
父も叔父達の元へ行ってしまいました。