一番相手に対して、尽くそうと思うのは、
認められている、って感じているときだと思う。私は。
別れても、一人の男というよりも人間として、
僕をずっと敬ってくれる女性にはやっぱり何かしてあげたいと思うし、
純粋に、第一に、人の気持ちを慮って、
というよりも、興味のつけどころが、
自分発信ではなく、相手発信だったりする人、
(例えば自分の振る舞いをアピールしたりするのではなく)
コメントしてくれる人には、本当の自分を出したいと思える。
なにより、自然とその人を好きになろうとしている、と気づく。
親もそう。
昔は自分に対して、やはり「子供」として扱っていたが、
あるときを迎えて、信頼をしてくれ、責任をあたえ、
頼ってくれたことの裏には、一人の人間として認めてくれた、
ということがある。
正直にいって、親の場合、
きれいごとのように信頼しているわけではないと思う。
急激に、というよりも急変してしまった自分に対して
どこか、触れてはいけないと遠慮しているというか、
僕が親よりも知っている部分(今の時代において)があるため、
変に畏れ多く感じてているのだと思う。
でも、確実に、認められてから
親を敬えるようになった。
もちろん親にこんなこといったら、
そんなことあるか、って言うと思うけど、
今の自分はそう思う。
こういう考えが、いい意味でかわることに
自分としては大賛成。
きっとまだまだ見えていないことがあるし、
ひとよりも見えている部分は必ずあるはず。
そして今考えなくちゃいけないのは、
これらをふまえての人との接し方。
好きになってもらうため、協力してもらうためには
どうしたらいいのか、想像がつく。
その想像を実際の行動にうつしてみようか。
でもそれは難しい。
自分が相手の考え方を理解しているつもりなら
それを自分の考えを相手に置き換えて実践してみればいい、
というのはわかるが、正直なやみどころ。
とりとめないけれど、これが今の自分であるということを書いておく。
せっかく技術的なことや「他人向け」のブログを書こうなどと思ったけれど、
やっぱ自分の日記を書こうと思う今日のこのごろ。