明智憲三郎著
初版は2009年。
明智光秀の係累は徹底的に抹殺されたそうだが、側室の子供に於鶴丸という子が居た。
その子孫が著者なのだとか。
光秀直筆の品や系図などもいろいろあったそうだが、関東大震災で焼失したそうだ。
明治のころまでは明田性を名乗っていて、著者の曽祖父が復姓手続きをした。
日本の各地に逃れた子孫がいるらしい。
どこまで本当かはわからない。幕末の混乱、関東大震災、第二次世界大戦など、日本を襲った大規模な災厄は多く、その度に色々な事が曖昧になってる。
中国の歴史とかもそうだけど、側室の子供の子孫って言い出したらなんでもできるような気がしなくもない。
閑話休題。
本の中身はとても面白い。
直接的な証拠は確かにないけれども、人とのつながりや論功行賞を見ていると納得させられる。
簡単に言うと、光秀は細川藤孝と家康に打ち明けていた。
藤孝は秀吉に秘密を洩らした。
最終的には秀吉、家康、藤孝の三者で談合して全て闇に葬った。
上記三者は歴史の勝者なので、直接証拠が出る可能性は全くない。
他にもこういう闇から闇へ消えた事柄が数限りなくあるのだろうな。