先日、高木君代さんのオンラインクラスを受けていて、
「うちの夫婦は男性性と女性性が反対になってる気がする…。」
とコメントしたところ、
私が夫のことを「頼りないと思っているんじゃない?」と聞かれ、
考えてみることにした。
そして答えが、
「私は夫を頼りないと思ってはいないけれど、
頼ってはならぬとは思っているかも。」
そこで、時間が来てしまったので、
オンラインクラスは終ってしまったのだけれど、
その後なぜそう思ってしまうのか…、と考えていたら、
いくつかの事が浮かんで来たので、備忘録として。
まず、幼少期。
両親が自分にどういう意味で名前をつけたのか?という宿題が出た。
私は父と母に聞いたところ、
「字画で決めたんだよ。結婚しないでも、
一人でちゃんと生きていけるような字画に。」(父)
「お嫁に行って欲しくないから。」(母)
普通、女の子にその意味合いで名前つける!?
両親は、男の人に頼って生きていく女の人よりも、
自分の力で生きていく、バリバリ仕事のできる、
賢い女の人になって欲しかったのだろう。
そこで、多分、
『女だからって人に頼るもんではない、自立するものだ!』
という刷り込みがあったのかな…。
そういえば、ずっと全てにおいて「男の人には負けない!」
という対抗意識があったような…。
今でも時々、女の人に同じことをされてもなんとも思わないのに、
男に人にやられると、すごく悔しくなったりすることがある。
月日は経って、結婚もしたけれど、
未だに何か決めたりするときは、誰にも相談せず自分一人で決める。
夫にも言わないことも多い。
最近ようやく、お願い事ができるようになってきたような。
でも、絶対に「いいよ。」という答えしか返ってこないような頼み方をしているかも。
書いてて気づいた!
全部自分でやっていかなくちゃと思うから、変な挑戦はしない。
失敗したら全部一人で背負うことになるから、
今に不満がないならそのままで良いし。
だから、いろんなことにチャレンジしないのかも。現状維持。
つまんな〜い。
そして、成人になってからだけれども、
母が体調が悪く脳の検査を受け、その検査結果を聞きに行った日のこと。
私は、学生で母が病院に一人で検査結果を聞きに行ったなんて知らなくて。
突然、「夜二人でご飯を食べに行こう。」と誘われて行ったら、
「お母さん脳腫瘍だったの。」と告白された。
おそらく、軽い病気ではないかもしれないということは
わかっていながら検査結果を聞きに行っていたと思う。
それでも、母は一人で検査結果を聞きに行った。
母はすごく心細かっただろうし、不安だったと思う。
幼少期から苦労をしていた母は、もしかしたら
自分でなんとかするということが当たり前だったのかもしれない。
父は仕事で忙しく、夜も母と二人でご飯を食べに行ったくらいだから、
もしかしたら出張に行ってしまっていたかもしれない。
その時に、男の人は仕事が第一だし、
結局のところは自分のことは自分でやるしかないんだな、
と思った記憶がある。
多分、この他にもいろいろあっただろうなぁ、記憶に残ってなくても。
潜在意識に刷り込まれてるかも。
でも、いろいろあって当たり前だもん。
こうやっていろんなことを思い出して、
「おかしくない?」って思えるようになってるんだから、
ちょっと変化してきてるんじゃない?私。
アクセスバーズのレッスンで教わった。
私は今を生きてる!だから、今をより良くするにはどうすれば良いか?
未来にはもっともっといいことがある。
過去に何があったって、それはそれ。
過去が間違っていたら、今、間違えないようにすればいいんだよな。
自分がどうしたいのか?どうあるのが心地よいのか?
自分に従う。
なんか、自分が楽しくなってきそうな予感