進化の目的
進化は時間ー空間結合をさらに完成させる方向に進んでいくが、
わたしとしてはこのことを自己組織化とポストホックにしかわからない「目的」という観点から、
次の3点をあげて説明できると考えている。
まず第一は、こうすることで驚くほど生命の強度が強められることだ。
過去における進化の経験だけでなく、
未来に予想される進化の経験までが、今、この時点に反響してくる。
<今、ここに(ヒアアンドナウ)>生きるというスローガンはしばしば誤用され、誤解されてきたが、
その真の意味はまさにこの点にある。
ゲーテのファウストはイースターの日曜日に散歩に出かけ、
沈む夕陽を見ながら、
時間ー空間結合のイメージから生まれたこの生命の強化を次のように表現していた。
翼を得て、この地上から飛び立ち、
あの跡を追って行けたならどんなにいいんだろう。
そうしたら、永遠の夕陽を受けた静かな世界が、
己のあしもとに横たわって、丘は燃え輝き、谷は静まり返って、
白銀の小川が黄金の大河に注ぐさまも見られよう。
そうなれば、深い谷々を擁した荒々しい山も、
己の神の如き飛行を妨げることはできまい。
水のぬるんだ入江のある海が、
己の驚いた眼の前に早くも開けてくるだろう。
(『ファウスト』高橋義孝訳)
...
第二点は、系統発生的に導かれる過去の多様性と未来の開放性が、
事実上無限といえるほど豊かな生命構造の可能性を流入させ、
現在の生命に深みを与えるということだ。
個々の複雑な生命のなかで、初期にあった未分化の中心核が再び経験され、それが展開していく。
仏教では、この中心核は<シュンニャータ>(空)と呼ばれ、もっとも純粋な特質からなるとされる。(そして、これは展開が続くかぎり、量に変換されてゆく)。
しかしこうした展開は線形的なプロセスではない。
それは始原と現在を結ぶ巨大なループのなかで、自らの能力を「踊りきる」ことなのだ。
このようなサイバネティックな生命プロセスのうちでもっとも深遠なプロセスを、
仏教では<タントラ>と呼んでいる。
...
最後に第三の点では、以上のことから考えても明らかなように、
自らの複雑な生命形態をもつにいたった宇宙は、
形態に関するだけでなく、その形態形成ダイナミクスに関しても、
徐々に自省的、自己認識的になるということだ。
構造形態は現時点で学習できるが、ダイナミクスの方は時間軸のなかでしか学習できない。
悠久の過去から未来(過去に比べれば、そのスパンは短いかもしれないが)にいたる進化の全時間を含み、
また遠く離れた空間的出来事を部分的に含み込むことで、
進化の全体プロセスが徐々に直接体験されるようになっていく。
ある意味で、われわれは自らのなかで、ホリスティックに進化のプロセスを推進できるようになるのである。
とくに意識の瞑想状態や生命がもっとも強化される状態、
つまり愛でそれが可能となる。
以上述べてきたことをまとめれば、
おそらく時間ー空間的結合とは、4次元的リアリティを、
つまり進化により創造され、また同時に進化が展開していく場でもある時空連続体を、
直接に体験するための進化的方法であろうということである。
このような直接体験を進めるなかで、人類の未来にも新しい次元が切開かれる。
時間ー空間結合は、一歩一歩進んでゆくものだ。
しかし進化の結果として現れた高次の生命のおける複雑な空間ー時間構造では、
結合作用がすべての段階で同時に起こっている。
多層的構造の自己創出および進化では、
たくさんのレベルの自己組織化ダイナミクスが同期(シンクロナイズ)していなければならない。
このような同期は、いたるところでみられる。
このことは構造のシステム的連結からも理解できるが、
むしろそれらの相同的(ホモローガス)ダイナミクスの連結性に着目して捉える方が当を得ている。
それは同時に、自己一貫性という基本原理のもうひとつの表現ともいえる。
エリッヒヤンツ「自己組織化する宇宙」 P.458-461
********************************************************************************************
んーってことは、宇宙人がきて、イギリスの麦畑にクロップサークルをつくっちゃうのは、
地球人に対する愛ってことになる(笑)。
にしても、人類の未来がきになります。。。
過去の種は、平均すると、すべての種が、百万年から千百万年で絶滅しています。。。(*1)
もっとも、エリッヒヤンツ的にいえば、
こういった系統樹的な概念で人類をみるのは間違っていますから、
もし、人類が宇宙にひろがるようなことがあれば、人類、意外と進化し続けるかもです(爆)。
参考文献:(*1) Time Travel in Einstein's Universe by Richard Gott P.210
わたしとしてはこのことを自己組織化とポストホックにしかわからない「目的」という観点から、
次の3点をあげて説明できると考えている。
まず第一は、こうすることで驚くほど生命の強度が強められることだ。
過去における進化の経験だけでなく、
未来に予想される進化の経験までが、今、この時点に反響してくる。
<今、ここに(ヒアアンドナウ)>生きるというスローガンはしばしば誤用され、誤解されてきたが、
その真の意味はまさにこの点にある。
ゲーテのファウストはイースターの日曜日に散歩に出かけ、
沈む夕陽を見ながら、
時間ー空間結合のイメージから生まれたこの生命の強化を次のように表現していた。
翼を得て、この地上から飛び立ち、
あの跡を追って行けたならどんなにいいんだろう。
そうしたら、永遠の夕陽を受けた静かな世界が、
己のあしもとに横たわって、丘は燃え輝き、谷は静まり返って、
白銀の小川が黄金の大河に注ぐさまも見られよう。
そうなれば、深い谷々を擁した荒々しい山も、
己の神の如き飛行を妨げることはできまい。
水のぬるんだ入江のある海が、
己の驚いた眼の前に早くも開けてくるだろう。
(『ファウスト』高橋義孝訳)
...
第二点は、系統発生的に導かれる過去の多様性と未来の開放性が、
事実上無限といえるほど豊かな生命構造の可能性を流入させ、
現在の生命に深みを与えるということだ。
個々の複雑な生命のなかで、初期にあった未分化の中心核が再び経験され、それが展開していく。
仏教では、この中心核は<シュンニャータ>(空)と呼ばれ、もっとも純粋な特質からなるとされる。(そして、これは展開が続くかぎり、量に変換されてゆく)。
しかしこうした展開は線形的なプロセスではない。
それは始原と現在を結ぶ巨大なループのなかで、自らの能力を「踊りきる」ことなのだ。
このようなサイバネティックな生命プロセスのうちでもっとも深遠なプロセスを、
仏教では<タントラ>と呼んでいる。
...
最後に第三の点では、以上のことから考えても明らかなように、
自らの複雑な生命形態をもつにいたった宇宙は、
形態に関するだけでなく、その形態形成ダイナミクスに関しても、
徐々に自省的、自己認識的になるということだ。
構造形態は現時点で学習できるが、ダイナミクスの方は時間軸のなかでしか学習できない。
悠久の過去から未来(過去に比べれば、そのスパンは短いかもしれないが)にいたる進化の全時間を含み、
また遠く離れた空間的出来事を部分的に含み込むことで、
進化の全体プロセスが徐々に直接体験されるようになっていく。
ある意味で、われわれは自らのなかで、ホリスティックに進化のプロセスを推進できるようになるのである。
とくに意識の瞑想状態や生命がもっとも強化される状態、
つまり愛でそれが可能となる。
以上述べてきたことをまとめれば、
おそらく時間ー空間的結合とは、4次元的リアリティを、
つまり進化により創造され、また同時に進化が展開していく場でもある時空連続体を、
直接に体験するための進化的方法であろうということである。
このような直接体験を進めるなかで、人類の未来にも新しい次元が切開かれる。
時間ー空間結合は、一歩一歩進んでゆくものだ。
しかし進化の結果として現れた高次の生命のおける複雑な空間ー時間構造では、
結合作用がすべての段階で同時に起こっている。
多層的構造の自己創出および進化では、
たくさんのレベルの自己組織化ダイナミクスが同期(シンクロナイズ)していなければならない。
このような同期は、いたるところでみられる。
このことは構造のシステム的連結からも理解できるが、
むしろそれらの相同的(ホモローガス)ダイナミクスの連結性に着目して捉える方が当を得ている。
それは同時に、自己一貫性という基本原理のもうひとつの表現ともいえる。
エリッヒヤンツ「自己組織化する宇宙」 P.458-461
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んーってことは、宇宙人がきて、イギリスの麦畑にクロップサークルをつくっちゃうのは、
地球人に対する愛ってことになる(笑)。
にしても、人類の未来がきになります。。。
過去の種は、平均すると、すべての種が、百万年から千百万年で絶滅しています。。。(*1)
もっとも、エリッヒヤンツ的にいえば、
こういった系統樹的な概念で人類をみるのは間違っていますから、
もし、人類が宇宙にひろがるようなことがあれば、人類、意外と進化し続けるかもです(爆)。
参考文献:(*1) Time Travel in Einstein's Universe by Richard Gott P.210