Inside out Yags -85ページ目

a phone call


予備校時代の後輩からの電話。

まぁ本人がこのブログ見てるかもだから、あんまり詳しく書きたくないんだけど、笑
木曜の夜に後輩からの電話があって、まぁ色々と話してて、
1年ぶりに話す後輩の飛躍に焦りを感じ、
自分も『真剣』になること、ちゃんと始めないとなって思った。


things i can be 真剣 may be イロイロ。
だけどまだまだなのだー。


(傍目から見たら別に普通の学生だっただろうけど)
中学・高校時代、こっそり自己嫌悪が激しかった経験があるから、
アタクシ、自分を好きになるために色んな活動に手を出して、自分を磨こうと大学デビューしやした。

んで昨夏、留学をはさんで、それら色んな活動が「薄い」経験、というか「薄い」commitだったことに気づいて、反省、軌道修正。


でもあれから1年とちょっと経った今、また同じような反省をしなきゃならない、と思ふ。

常に100%の力を出してたいのに、人間慣れが出てくるとイカンね。
惰性の力が発生する。
・・・それって物理っぽくね?得意げ

でもでも、ホント、適当なcommitで「ある程度」できてしまう、自分の(不)器用さに嫌気がさしますよー
そういう状態で関わったものって、「カタチ」はよくても、「中身」がない。
達成感もないし、時間が経てばみんながその薄っぺらさ空に気づいちゃう。


いやーなんでだろねー
こんなに学習できない自分は嫌よ、まったく。

エンジンかけなきゃ、エンジンパワーアップしなきゃ走る人


「甘え」がある環境が嫌いはずなのに、
気づけば自分が甘えてて、
「上手くいってる」とか思っちゃってる。


こーゆう考え方を「向上心」って言うコトもできるけど、
自分の考え方が本当は精神衛生上良くないってことも知ってるw

さらには人に相談するor頼るのがヘタDASH!っていう不器用な人間です。

けどねー、それがワタクシ。
まぁその点では器用になりたいなって思ってるけど◎


でもでも嬉しいことは、自分を省みるチャンスをくれる仲間がいてくれること。
彼らに感謝の意を示す意味でも、前に前に、上に上に、進みたいのですよ。





好きな芸術家の言葉


3年前に横浜トリエンナーレで見かけてから好きなアーティスト、李禹煥。
彼の作品っていうか考え方が好き。


 余白とは空白のことではなく

 行為と物と空間が鮮やかに響き渡る開かれた力の場だ
 それは作ることと作られざるものがせめぎ合い
 変化と暗示に富む一種の矛盾の世界といえる
 だから余白は対象物や言葉を越えて
 人を沈黙に導き無限を呼吸させる(李禹煥)

李禹煥の作品



 この言葉ってすごい哲学的で、色んなことに当て嵌めることができる言葉だと思う。

 
昔っから国語は大好きで、
 言葉や文章のきれいさ・奥深さを考えるのは好きだし得意なつもりだけど、
 知ってから3年経った今でも、
 この李禹煥の言葉は真に理解できてない気がする。

 考えれば考えるほど色んな意味が見えてきて、飽きがこない言葉。

 そんな言葉って珍しいよね。 

 
この言葉を李禹煥本人が日本語で言ったのか、
 それとも誰かが日本語に翻訳したのかわからないけど、
 すげー秀逸な言葉だと思う。


ストリートミュージシャン

ここ数日、音楽について書いてるから、
今回は『音楽と芸能界』について書こうかなって思う



自分、ちっさい頃、芸能界に超憧れてた
TVCM観て、親に芸能界に出たい出たいって言ってた
新聞の芸能スクールの広告見る度に、
どこのスクールが一番良いのか考えながら、応募しようとしてた

(沢山の人前に出たら緊張して顔真っ赤にする根っからのアガリ症だったのにね汗

初めて芸能人に直に会ったときは、本当に興奮したし、嬉しかった。


でも、今はそこまで興味なかったりする
その世界で活躍する人はすごいなって思うけど、それは自分のフィールドではないって思う
(来年、時間あったら自分も演技してみたいって気持ちはちょっとあるけど・・・)



この心境の変化の原因って色々あるけど、
その一つに、今TVとかにも出てる「中村中」ってアーティストの影響がある。
彼女は昔、同じ駅で歌ってたことがあったりする


自分は中2~3くらいからギター始めて、
段々人前で歌う楽しさに気づき始めて、
学校では昼休みのベランダとか放課後の教室とかで歌ってた

んで、ちょっとだけ駅でも歌ってたことある
千葉駅と成田駅とかで

ゆず、19、ミスチルとかのコピーだったけどね

(ちなみに今はかなり下手になった...1年くらいギターもカラオケもない環境でちゃんと歌えなかったのとタバコが原因ダウン



『ゆず/からっぽ』
この曲もそのうちの一つ








『中村中/友達の詩』


んで俺が歌ってた時期に、同じように成田駅で歌ってたのがこの「中村中」サン

当時は、
男子高校生のブレザー着て、
でもすごい高い声で、
アコギのハードケースを足元に置いて、
譜面台を目の前に立てて歌ってた

普段、彼女が演奏してるときにその駅を通りかかるときも、
俺がたまーに歌ってるときに彼女が前を通ったときでも、
何だか目が合って、
当時は、自分の存在が認知されてて、
なにやら場所取りとかでライバル心焚かれてるのかなーとか思い上がってた。笑


んで、ときは流れ、
去年の夏くらいにTVをつけたら、たまたま彼女が徹子の部屋に出てる!
マァージびっくりしたね

さらには紅白にも出ちゃって。
歌もめちゃめちゃ上手くなってる。

すごい頑張ってるんだろなって思った。





もちろん才能とか努力の差は歴然としてあるけど、
同じ場所で歌ってた人が、数年後にあーやってTVに出てるのを見ると、

自分も自分のフィールドで頑張らないといけないなって思う反面、
TVに出ること、芸能界、それほど遠くはないんだって思った

そこで芸能界に対する漠然とした変な憧れはなくなった
彼/彼女らも1人の人間なんだなって実感が湧いてたんだよね



それ以来、
芸能人を見ると無条件に騒ぐこともなくて。

勿論会ってみたい人はいるけどさ、
それは「芸能人×ファン」じゃなくて、「人×人」として。

どんな意識持って、目標掲げて、今の仕事をしてるのか聞いてみたかったりする





んでもって、

自分自身はどんな意識持って、どんな目標掲げて生活してるんだろって、
考え直すきっかけにしたいな。



今でも街でストリートミュージシャンを見かけると、足をとめて見てしまう

みんなどんな想いでやってて、どんな将来が待ってるんだろなーって