初心忘れるべからず。
年に数回だけ、行くラーメン屋さんがあります。
初めて訪れたときは、街のガイドブックを見てでした。
地元では人気の、地元生まれのラーメン屋さん。
大して期待もせず、でもちょっとしたドキドキを抱えて、
初めて訪れた時のことを思い出します。
まだ私が引っ越して間もない頃。
地元にはそれほど多くのラーメン屋はなく、
いくつかの地元でだけ有名なお店がしのぎを削っていました。
まだわからぬ街を、少しでも知りたくて。
ガイドブックに載っていた店に行ってみる。
そして、店の前には、載っている通り、
数人の待ち人がいました。
そんなに多くないな、ラッキー、と思ったのを思い出します。
初めて行ったそのお店は、豚で取ったスープが、
如何にも濃厚で、でもあっさりしていて、
当時ラーメンに乗せるのは珍しかったエシャロットをふりかけ、
こじゃれた出来上がりは、万人を
『ほぅ』
と感心させるに十分なものを持ち合わせていました。
一口すすれば、そのスープは身体全体に、
あの豚のエキスからわきあがる香りをめぐらせ、
今まで経験したことのない味を味あわせてくれました。
そうです、鶏や魚介類、豚骨や牛骨はあっても、
豚そのものの、しかも上品な風味のラーメンは、
意外とめぐり合わないのです。
そして、席には……。
地元で生まれ、愛されたことに対する感謝と、
あるお客様から受けたクレームに対する、
真摯な答えを書いた紙が置かれていました。
誰ともわからないお客様からのクレームすら、
地元で愛される店だからこそ、大事にする。
その姿勢に、私は心打たれたものです。
それこそ、毎月1回は食べに行っていました。
私にとって、オフィスの昼食でもない限り、
これはかなり多い頻度です。
それから、ほんの1年ちょっと。
ある日、改装を終えた店に行ってびっくりしたことが。
『吉祥寺生まれの●○』
この日の衝撃を忘れられません。
確かに、そのお店は味も雰囲気もサービスも認められたのでしょう。
次々と出店し、店舗数が増えていきました。
そして、やっと激戦区である吉祥寺に出店したのでしょう。
その意気込みたるや、想像するに難くありません。
でも、地元を愛することを忘れてしまったようです。
改装してきれいになったお店には、
店名も変わっていないのに、行く度にお客様の数が減っていきます。
私も行く気がなくなってしまいました。
あぁ、どうしたのだろう。
吉祥寺の流行のラーメンなんかじゃなかったのに。
そしてある日、とうとう店の名前が変わりました。
お弟子さんでも継いだのでしょうか。
お客様の遠のいたお店は、別の名前に変わりました。
出すラーメンも、決して大きくは変わらなかったのですが。
1回行って、また行くのを辞めました。
そして。
久々に扉をあけると、
ついにお客様はほとんど居なくなりました。
並ぶことなんてまずありません。
それどころか、10席ちょっとあるカウンターも、
半分埋まっていたかどうか。
窮状はかなり厳しかったのでしょう。
この夏に久々に行ったときには、元の名前に戻っていました。
この夏に2回ほど行ったときに、他にお客様は、
いないか、いても1~2名。
名前を戻しても、もうお客様は戻らないのですね。
メニューも、あの衝撃を受けたラーメンは、片隅に追いやられていました。
車を走らせていると、他の店舗では並んでいる光景を見かけます。
心の中では、複雑な気持ちの自分が居ます。
でも、私はこの店に年に数回、訪れます。
それは、お客様の信頼を裏切ることの代償を、肌で感じるため。
自分のお客様には、そんなことをさせたくないからです。
ただひとつだけ言えるのは。
ここの店主……オーナーは、
やっぱり自分のオリジンを大事にしているということ。
そうでなければ、これほどお客様の入らないお店を、
残すはずはないですからね。
何年か後に、信頼を回復できていることを、
ちょっぴり期待しています。