横浜市鶴見区にあるアトリエ『オフィスK.Y』-20080922010435.jpg
【生まれたての僕】
皆さん今晩は、矢木です。今日はめっちゃ寒いですね~(*゜∇゜)
インフルエンザも流行っているみたいなので、お体には充分お気をつけくださいまし。

さてさて、今回のフリートークはちょいと坊さんを離れまして…私の話をしよおかなと思います。

私が生まれたのは1982年3月15日です。
一人っ子なんですが、もとは三つ子だったそうです。

ん?あれ?


どういうことかと申しますと、当初母の体にいた命は3人でした。でも…


母は子供を流しやすい体質だったらしく、産気づいてしばらくした時、他の2人を流産してしまったのです。

残る私についても、医者は母に

『99%他の子と同じ運命になるでしょう。諦めて下さい』

と言い放ったそうです(´△`)

『このヤブ医者がぁぁぁぁ!!!
患者励ますのも仕事じゃねぇのかぁぁぁぁぁ!!!
ていうか何とか救う努力をしろぉぉぉぉ!!!』

もし父がその時近くにいたらこんな風に言って、医者をSATSUGAIしていたことでしょう。

ともかく。

ヤブ医者も腐っても医者でして、薬やら何やらを使って私を母の胎内に留めることには成功しました(^∇^)/


でも。


中々私が出てきません。

『どうしたんだろう?』

看護婦さんが産道に手を入れてみると…

何と!


私がその手を握り返したらしいのですw(゜o゜)w


ん?


てぇことは


俺ったら胎内で横になってるってコト?


これじゃ~出てこれないわ(´ε`)


ということで。


看護婦さんが死力を尽くして、私の体勢を入れ替え、何とか出産できる形になりました。

『よしっ、縦になった!一気に引っ張れ!』

言うだけで何もしない(できない?)ヤブ医者。

ずるずるずる…


『あっ!出た!』

【産まれた!】だよね、普通(^ε^)しかも


『…あれ?何かヘンじゃない?足から出てきてない?』


まぁ私は、いわゆる逆子だったというわけで。
99%諦めろと言われていた私に、日の目を見させてくれた看護婦さんには感謝感謝です(^ε^)

でも…

『お、オイっ!その子、首にへその緒巻き付いてるよ!』

そうなのです。横になっている体を縦にする過程の中で、へその緒が首に絡まった状態で出てきてしまって…いわゆる首吊り状態(^^ゞ

そのお陰で、私は最初3回しか泣かなかったそうです(^ε^)

世界広しと言えども、医者にサジを投げられても産まれ出て、しかも首吊りながら世の中デビューした赤子は私ぐらいしかいないんじゃないでしょうか(*゜.゜)
母ちゃん、産んでくれて本当にありがとうね(^ε^)