こんにちは!



MIEKOです。






安曇野に住む友人が、住まい近くの森の再生と、人のためのリトリートセンターを創設する、という長年持ち続けていたヴィジョンを実現するための、セレモニーを行った。


そのセレモニーにお声がけをいただき、参加した。


5年前に、受け取っていたヴィジョン通りの宅地を手に入れて(まあまあ驚く展開での購入に至るストーリー)、ご夫婦で念願のログハウスを建て、温め続けていた思いをいよいよ形にする時が来たみたい。






奉納舞をした5人の仲間が集った。


現状は、荒れた森🌳


しかも、所有しているのはそのご夫婦ではない。


けれども、はっきりとしたヴィジョンを受け取っているので、実現していくのだろう。


行動を起こしていくのは、人間しかできないこと。


そのために、まずはご挨拶して森に入る。風がおこり、鳥たちが囀り、異次元のように時が止まるような感覚。



事前にご本人が受け取っているヴィジョンを共有してくれて。


今日は、森に対して意宣りを行い、ネイティブ・アメリカンのナバホ族に伝わる詩を朗読してくれた。



In Beauty I Walk


In beauty may I walk

All day long may I walk

Through the returning seasons may I walk


Beautifully will I possess again

Beautifully birds

Beautifully butterflies


On the trail marked with pollen may I walk

With grasshoppers about my feet may I walk

With dew around my feet may I walk


With beauty before me may I walk

With beauty behind me may I walk

With beauty above me may I walk

With beauty all around me may I walk


In old age, wandering on a trail of beauty, lively

In old age, wandering on a trail of beauty, living again


It is finished in beauty

It is finished in beauty


美の中を 私は歩む

美を前に抱いて 私は歩む

美を背に受けて 私は歩む

美を上に感じて 私は歩む

美に包まれて 私は歩む

すべては 美のうちに終わる

すべては 美のうちに完成する


ナバホ族に伝わる祈りの詩です。私たちは「美」に囲まれて生きていることを祝福する詩ですが、ここでいう「美」とは、外的な美さよりも、調和や秩序、健康や幸せなどを差します。内なる調和、他との調和、自然との調和を奏でることで、日々を平穏と喜びで満たしていく生き方を謳っています。



彼女は自然豊かな海外での暮らしが長く、今は通訳翻訳のお仕事をされている。



その後、ひふみ祝詞を全員で奏上して、そよご(長野では榊の代わりに神棚に供える常緑樹の枝)で、聖水を森に撒いた。舞いながら。歌いながら。







別の友人宅に移動してみんなで持ち寄りランチ♪








どんな流れがやってくるのか、奇跡を見届けるこれからのプロセスが楽しみ💫




こんにちは!



MIEKOです。




昨日の烏川。橋の上から✨



ちょっと前の投稿で、友人の出産のお手伝いに行って知り合った助産師さんと、過去世でネイティブ・アメリカンの同じ村にいて、一緒に焼きコロされた仲間だったことを書いた↓





お互い自宅に戻った後、彼女から電話で質問をうけた。


それは、「愛から選ぶ」ということについて。


自分のエゴからではなく、創造主の定義における愛から選択することが、より大きな愛のエネルギーの中に居られることとなるよね。そして、今世私たちはそれをやるために生まれてきたよね、という話をしていた。



質問は、彼女の前に選択しなければならない事案が発生し、この場合の「愛からの選択」はどちらなのか分からない、というもの。



具体的には書けないけれど、自分の経験から判断したらAを選ぶが、これが愛からの選択になっているかを確認したい、という内容だった。



個人の経験からの判断である、ということや


迷っていて誰かに確認したい、ということが、


創造主の定義での愛の選択ではない、という結論が私の中にはあったけれど、


そのまま即伝えると、本人や、本人の過去の経験が否定されたと受け止められかねないので、もう少し丁寧に説明した。



創造主の定義における愛は無条件の愛なので、善とか悪とか、正しいとか間違ってるとか、合法かどうかとか、生死とか、好き嫌いとか、二元性の判断基準はない訳で。


その基準を丁寧にお伝えして、自分が迷ってる理由や、恐れていることを、この基準で照らし合わせた場合、そのAという判断は、創造主の定義における愛に合致するかどうか、自分で考えてみてね!


と伝えた。


Aではない、という答えは、私ではなく本人が導き出すもの。


そして、創造主の定義における愛の大きさに、きっとたじろぐことになるのだけど、それをやりに今世産まれてきてるから、やるしかないのよ💫


侵略者に焼きコロされた私達は🌏


私自身に迷いがなくなってきてるのが、自分で分かって嬉しかった♪


一緒にがんばろね💫

こんにちは!



MIEKOです。



安曇野の素敵カフェで、漆喰アートワークショップに参加してきた💓






2年前、安曇野に住むようになって、まず取り掛かったのは壁の漆喰塗り。


ご縁あって、白馬に住む漆喰アーティストの小林奈生さんと知り合い、漆喰塗りをワークショップの形で企画することを提案された。漆喰を塗る経験をしたい人に集まってもらい、みんなでワイワイ塗る、というもの。



キッチンの壁を塗ってもらってるところ💫

左下で指導してるのが、小林奈生さん。



初めて会ったのに、すぐに意気投合して一緒に温泉に入り、その足でうちにきて泊まってもらい、壁を見てくれて使う漆喰の量や時間割などサクッとオーガナイズしてくれた小林奈生さん。


この時以来、なおちゃんと呼ばせてもらって親しくさせてもらってます。



そのなおちゃんが、安曇野の素敵カフェから、InstagramのDMで漆喰アートワークショップの依頼があったそう✨


彼女は安曇野が大好きなので、とても喜んで、楽しいWSになること間違いなし✨



そんなWSに友人と参加してきた♪



2時間のうち1時間は漆喰とアクリル絵の具などで自由に描き、その後は絵を囲んで対話の時間。


描いた人は何も言わずに絵を参加者の皆さんに見てもらい、この絵から受ける印象、メッセージのようなものを自由に伝えてもらう。


最後に描いた本人が、どんな思いを込めて描いたのかを話す、というもの。



私は、自宅出産のお手伝いに行ってきたばかりだったので、その時の素敵な経験から、自分が産まれる時のイメージを描こう!と決めて、無心にコテで漆喰を塗り塗り。絵の具で塗り塗り。


完成したのがこちら。





拙くはあるけれど、自分的には愛着のある作品となった。


これを見て、皆さんからいただいたコメントで、


「この世に産まれようとする赤ちゃんが産道を通ってくる時のエネルギーを感じる」


とおっしゃった方がいて。


わぉ🫢


そのまんまです✨


エネルギーって、伝わるんだ⚡️


と、とてもびっくりした。


他の方々の作品は、漆喰の質感をうまく使って立体的に描いていて、一つ一つがとても素敵だった💓



皆さんの作品✨



絵を描いたのなんて、いつぶり❓という感じだったけれど、うまく描こうという意識はなく、自分で表現したいものをどう描こうか、に集中した時間。


あっという間の2時間だった


大人の贅沢な時間の使い方だなと思った♡



手作りプリンとドリンクを、いただきながらの対話の時間♡