山手線 | 相棒Яの日々精進 (テレビカメラマンも奥が深い…)

山手線

先週、久しぶりに報道スタジオのカメラを担当した。


最近ご無沙汰だったので、ちょっといやな予感がした。


いやな予感というのは…


Яが報道に行くとかなりの確率で「引いてしまう」のだ。


引くというのは、良いことでも悪いことでも何かしら「発生」してしまうという事。


今までも、たくさん引いたな。


特番やらカットイン(他番組OA中に急に画面が切り替わるヤツ)やら、

朝まで眠れずに放送した事もある。


今日は、何も無い穏やかな日であって欲しいなぁ

と心の中で呟きつつ出勤しようと、駅へ。


駅に着いたら、何やら騒がしい。

よく見ると、改札の電光掲示板がピカピカ光ってる!

「JR山手線、埼京線、湘南新宿ライン、線路点検の為現在不通、運転再開の見通し不明」的なメッセージ。


仕事する前から引いちゃったよ……


これから、乗る予定の路線が2路線とも不通!

地下鉄しか、迂回ルートは無い、しかしかなり遠回り。

タクシーで行く事も考えたが、遠回りながらも地下鉄のほうが時間が読めるので、地下鉄で行くことにした。


普段も、混み合っている地下鉄、かなり混んでいるだろうなと覚悟したのだが、

いつもより空いていた、地下鉄にまでも辿り着けない人達が大勢いたみたい。


やっとのことで、局に到着!

時計を見たら集合時間丁度、ギリギリセーフ!!

ギリギリだけど優秀、優秀。

だって、Яと同じ勤務のカメラマンは20分遅刻したもの。



報道センターはJR線の騒動で大忙し。

放送予定も大幅変更、中継も多数出動。


死者が出なくて本当に良かったが、

東京の大動脈、山手線がストップとなれば、穏やかではない。

また「引いた」感がある。


ちょっと、落ち込み気味でスタジオに向かう途中、

仲良くしている同僚Aくんと1ヶ月ぶりの出会い。

すると、AくんがЯに一言。

「Яくん、ほんと、引きが強いねえ」だって。

駄目押し…さらに落ち込む。


肩を落としつつスタジオに到着、

本番突入。


ニュースの場合、放送中に内容が入れ替わったり、順番が変わったりが当たり前で、

放送が始まっているのに、VTRの編集をしていたり、それが間に合わなくて、

VTRなしでキャスターの原稿読みだけに変更になったりする。

その原稿も殴り書きのものもあるので、キャスターは苦労するだろうなといつも

思う。


そして、今日は案の定トップ項目が山手線不通のニュース。

スタジオからリモート(中継)に振りがあって、リモート終わりでスタジオ解説の予定。


予定通り、スタジオからリモートに振って、現場の映像に切り替わる。

ノロノロ徐行運転だが、丁度電車が動き出した。


次は、スタジオ解説なので、現場リポートに耳を傾けつつもスタジオは準備開始。


と、その時、


とあるスタッフが…

「山手線って やまのてせん だっけ? やまてせん だっけ?」

Яは やまのてせん だと知っていたので答えたが、


以前は やまてせん と呼んでいたな、そんな歌もあったしな、、、(歌、古すぎる)

と思っていた。



でも、なんで、


やまて → やまのて


になったかが、気になったので、


またまた調べました。(前振り長いよっ!)



その、名前の変遷について調べて驚いたのですが、

実は…



GHQが関係しているのです!



山手線は元々「やまのてせん」と呼ばれていたのですが、

戦後、GHQから各鉄道路線名にローマ字を併記せよとの命令に従ったのだが、

その時に「YAMATE」とローマ字を振ったため、「やまてせん」が一般化、定着しました。



それでは、何故「やまのてせん」という呼び方が復活したのか?



そこには、またまた意外なきっかけがありました。

それは、群馬県を走るローカル線がきっかけになっていたのでした!


またまたまた、調べました。


1971年群馬県に吾妻線が開通するときの話。

吾妻線(あがつません)が、「あづません」と読み間違えないようにと

当時の国鉄が、全路線に振り仮名を振ることを決定。


山手線は吾妻線開通の1971年3月7日から本来の「やまのてせん」に

戻ることになったそうです。



「へー。 だから?」って思っちゃった、そこのあなたっ!!


調べてる間に見付けた、

「山手線占い」をしてみてください!

http://www.web1week.com/tokyo/uranai/index.html


ちなみにЯは…

奇しくも、高田馬場←事故発生地点

(我が道を歩きまくり、的確かつ几帳面な理性派)だそうで…