2002年11月4日 歌舞伎座夜の部『松浦の太鼓』

松浦鎮信  仁左衛門さん
大高源吾  三津五郎さん
宝井其角  左團次さん
源吾妹お縫 孝太郎さん

思いいだせばこの日の舞台は予兆のようなものがありました。

松浦邸の場で松浦の殿様の懐紙が落ち、玄関先で殿様の前に参上した源吾があまりの勢いに転びそうになるのを寸前で留まり。

そして松浦の殿様が馬上で源吾に「偉い偉い」と言った後、馬が暴れて落ちかかるのを近習達に支えられて雪の上に降りる場面。
この日はそのまま殿様が頭の方から落馬してしまったのです。

幕見席での拝見でしたので、落ちたまま動けずにいる殿様の様子がよく見えてしまいました。
そのうちに仁左衛門さんの鼻から血が流れ始めたのも。

実際の時間は分かりませんが、とても長く長く感じました。
心の中で私は「幕閉めて!幕閉めて!」と叫んでいましたが・・

仁左衛門さんは「大事ない・・大事ない・・」と近習の方達と観客を安心させるように呟きながら、
ゆっくりと左手でずれた鬘を直し始めました。

仁左衛門さん続ける気だ、芝居を。
ならば見るしかない、見るしか。

殿様は近習達の手を借りて立ち上がり、お縫が差し出した懐紙で顔の血を拭い芝居を最後まで続けられました。


芝居が終わった後、仁左衛門さんはそのまま病院に向われたとのことでした。
深夜に当時の孝太郎さんの番頭さんから「検査の結果、異常なしでした」というメールを頂いて心底安堵しつつ、
仁左衛門さんは本当に「芝居に命をかけている」を実感した一日となりました。

仁左衛門さん以外のどなたかが判断して幕が閉まったとしても、それも間違った判断ではなかったと思います。

この日のことを思い出す度、芝居を大切に見なくてはと改めて思うのでした。