十三代目仁左衛門さんの思い出。

舞台の上、楽屋で十三代目さんのお傍にいつもいらした松之亟さん。

当時の名は秀寿さん。

 

映画『歌舞伎役者 十三代目片岡仁左衛門』でもその姿が随所に映っています。

 

このインタビューは十三代目さんの十三回忌追善(2006年3月)にファンサイトを作成した時に伺ったものです。

 

 

 

①歌舞伎の世界に入ったキッカケを教えて下さい。

 

子供の頃からお芝居が大好きで、先々代の時蔵さんの政岡などを見ていました。 

学生の頃はお芝居を見て、映画を見て一日が終わるという感じでした。

昭和48年頃、東横ホールでアルバイトをしていました。

その時に、秀太郎さんが出演していました。

ついて来たお弟子さんが 當十郎さんの弟の秀松さん。

当時、當十郎さんは病気でお休みしていて 秀松さんから、「うちの弟子になれ」と誘われたのがきっかけです。 

新富町の大旦那さんに御挨拶に行き、次の月にはもう舞台に出てました。

 

 

②十三代目仁左衛門さんの第一印象と一番の思い出を教えて下さい。

 

大旦那さんの第一印象は、怖い人だなぁ・・と。

その頃まだ大旦那さんも50代位でしたから。

 

お目が悪くなってからは映画(歌舞伎役者 十三代目片岡仁左衛門)にも映ってましたけど一回だけじゃないんですよ、他の役者さんが来る前に何度も何度も一緒に、舞台を確かめる為に歩きました。

目線をずらさないよう何度も何度も稽古しました。

お客様に何年も目が悪いことを悟らせなかったのは、 こういった稽古の賜物です。     

『新口村』の忠三女房は直々に習いました。

 何度やっても色々気づくところがあります。 

『新口村』では・・花道から落ちてしまった時(平成元年10月)…、           

花道から出るのに大旦那と歩いていた時に、どうも様子がおかしいので、 

「大旦那さん、今日は花道からはよして下手から出たら如何ですか?」 と言ったら、

 「でも、お客さんが待ってるから・・。」と。 

 揚幕から大旦那が出て、すぐに舞台に戻って待っていたのですが・・

 あの時、もっと強く言って下手から出てもらってたら、と今でも思います。

 その後、楽屋で、大旦那さんが「悔しい!悔しい!悔しい!」と仰ったのが・・。

 役者だから舞台しかない、大旦那さんは本当に舞台しかない方でしたから、あの時どんなにか悔しかったかと思います。

 

 

③これからの抱負と歌舞伎ファンへのメッセージをお願いします。

 

いつまでも人に迷惑をかけないで、舞台を続けていけたらと思います。

そして私が死んだ後、たった一つの役でいい、 

「あの役は松之亟が良かったわねえ・・」と お客様に言われれば、もう本望です。

 

 

松之亟さんは平成26年7月にお亡くなりになりました。

『新口村』の忠三女房、『油地獄』の茶屋の女房などとても思い出深いです。

良かったですよねえ…!

 

本当に色々とお世話になりました。

ありがとうございました。