うちは受験を決めた時に子供と話し、また事あるごとに話していることがあります。

大人の言葉でいうと
中学受験は単なる通過点である
ということ。

5年の授業が始まって私が焦ってしまったので、ヒステリックに怒ってしまったりしたので、もう一度原点に戻って先日コアラと話した。

コアラは、
そんなの知ってるってば
という態度。それならば安心だ。

話した内容は

テストの点数や偏差値で人の価値が決まるものではない。絶対に違う。

社会にでれば、どんなに高学歴でも、全く使えない人がごろごろいることに気付く。
困ったことにプライドだけ高かったりする。

人間ができていて素晴らしい人は、誰にでも頭が低く、優しいのだが。

まあ、社会に出て一度高い鼻をへし折られ、それで変わっていける人もいる。

高学歴でなくても、人を大切にし、上司、同僚、客からかわいがられ、どんどん出世していく人もいる。

学歴なくとも、得意なことを仕事にしイキイキしている人もいる。

学歴なくて、しゃに構えていきている人もいる。

どう考えても偏差値と人間性と幸せは全くの別物である。

それを大人は当たり前のように知っている。

ところが、子供はどうであろう。中学受験勉強をしている子供はどうであろう。
テストの点数と偏差値でクラスわけされる。席順が決まる塾もある。

テスト結果が良ければ誉められ、悪ければ親にきれられる子供もいるだろう。

ずっとその中にいれば、偏差値良い子がすごい、偉いと思うのが当然だ。

塾は成績をあげるのが仕事だから、それさえすれば良い。毎年、
ご三家に何人合格
を売りにする。
決して何人潰したか、傷つけたかなんて言わない。

さて、人間性が決定されるのに大事なのが子供時代であるが、この大事なときにこのような状況に置かれている子供を、勘違い(テストの成績が良ければいい)させないよいにするのは親しかいないんじゃないかと思う。
長くなってしまったから、この続きはまた今度。