私の場合 | bebeに会えた「2017.1母になる」

bebeに会えた「2017.1母になる」

結婚12年目の転勤族妻。
2012年7月 結婚・退職
パート主婦になる
2017年1月 男児出産
2018年4月 保育士資格取得
2020年から事務職で社会復帰
2022年5月から現在 育士デビュー

今日、一番仲良しの友達から電話がありました。第四子を妊娠中の幼馴染です。

胎児が水頭症と診断されたとのことでした。
本当に大切に思っている友達で、彼女の子どもを思う気持ちとかを聞いてたら、みるみる胸が熱くなり、勇気が湧いてきました。


「最善のことをして、最良の体制で我が子を迎えたい」心から思いました。
熱い気持ちが彼女から伝わり、私もこーしちゃおれんと思いました。
レスだからって、問題を先送りにして年齢を重ねてリスクばかりを高めていく自分が嫌になりました。

レス解決はしなくていい。
大事な家族を授かり、元気に産んであげたい。(もちろん、高齢出産に批判的なわけじゃありません。事情もタイミングも人それぞれ)ただ、リスクが高まると知っていて、みすみすタイミングを見送り続けちゃいけないと思いました。

私の結論です。
レスを諦めるけど、子どもは欲しい。
大好きな人との子どもこそ、ちょめちょめ(古いか!)よりずっとほしい。
考えがシンプルになりました。

幼馴染と電話をした直後、ちょうど、実家から関西へもどる高速道路にのりました。しばらく二人きりの逃げ場のない空間←


今しかない!

今言わないなら一生言えない。ドキドキして、手汗と足裏汗が出ました。


EDにも、レスにも触れませんでした。
どう話したかは下記の通り。↓

「あのさ、○○の赤ちゃんが水頭症と聞いてすごいショックでね、私もほんと、若くないし、流産とか障害とかリスクがこわいし、今年の12月に出産したい」
と話し出しました。

それから、色々話しました。
・親友の話を聞いて、ほんとに心配になった
・流産した友達もたくさんいる
・内緒にしていたが、一度離婚を考えた時、AMHを検査したら、37.8歳くらいだったこと
・関西にいて、一流の医療が受けられる間に産みたい
・12月に産みたい、厄年だからw
・知り合いの○○さんは数値が悪くてAIHだっらしいし、○○さんも顕微だし、みんな意外と病院に行ってるよ的な話
・私も調べてもらお、なんなら凍結しよ


拒絶を想像してましたが…
「わかった」
超あっさり
びっくり

細胞(ジュニア)がもしも見つからなかったりしたら、切開して取り出す?(teseを分かりやすく言ってみた)と聞いたら、
「うん、致し方ないね」


えーーー!

実は同じマンションに住む先輩が、不妊治療で授かり、色々話を聞いていたとか、地元なら○○病院が有名だよねーと旦那が話してくれました。

だからか、「病院に行って検査してもらわなきゃね」とすんなり理解したみたい。
今は隣で高いびきかいて寝ている旦那。


私だけ興奮してます。

今回のポイントです口笛
わざと12月に産みたいと、焦らせたつもり。AMHと卵子の質は比例しないけど、さも卵子もヤバイかも風に話しました。
あと、日本人が弱い「みんなやってる」を多用して、知り合いの人の話をしまくりました。

レスは、責めてもはじまらないと、様々な方のブログで勉強させていただきました。
だから、決して責めない、一緒に検査しよう。悪いとこがあればお互い治療しようというかんじで話しました。


完全レスになり、早三年。出産したいと言うまでに、三年も要したのは、
レスを解決したいとか、
まだ若いと思い込み逃げたいとか、
旦那が信用できなくて、子どもの話をして夫婦仲が悪化したら嫌だな、とか、

気持ちの整理が必要でした。


ブログを通じて応援してくださった方々、参考にとブログに悩みを公表して下さる方々に、御礼申し上げます。
暖かいメッセージ、コメント、力になりましたラブラブ

病院にいくことが決まっただけで、これから先に大変なことがあると思いますが、未来に我が子に会えるかもしれない確率が1%でもできたこと、治療や検査を受けられることすら嬉しいです。

レスはそれくらい苦しかったです。
子どもを産める可能性0だからです。


これからは、気持ち冷めやらぬうちに病院を予約して、旦那の気持ちを尊重しながら、私たちなりの方々で進んでいきたいと思います。

あまりのあっさり反応に、実は旦那は私からはっきり言われるのを待ってたんじゃないかと思いました。

レスから治療へ、旦那と不仲にならず、どう前向きに進むのか、同じくレスで悩む方々の一助になればと、綴りました。

もしこの長文を最後まで読んでくださった方がいらしたら、ありがたいです。