芝立神 (2009年3月)
(久慈付近から , 左:加計呂麻島・右:奄美大島)
前回に続き芝です。芝立神を紹介しないわけにはいきません。
奄美には15ほどの立神(岩)があり、その多くはネリヤカナヤからの来訪神の足掛かりに相応しく堂々たる姿形が目を惹き、大抵は観光スポットでもあるのですが、芝の立神は地味です。その地味さに逆に気高さを感じる印象深い立神です。
サイズはおそらく最小。位置も集落からは少し見にくく、浜一つ隔てた岬の沖。岬から連なる低い岩礁の先にやや大きい尖った岩があり、これが芝立神です。
色も灰がちで、狭い海峡内に位置するため背景に本島や加計呂麻の島影が重なることが多く、景観の中で目立ちません。(冒頭の写真は稀少なアングル。本島側から撮っています)
朝の芝集落から望遠で(2009年9月)
そんな芝立神が名高い一方で、集落近くで目立つのに立神と名の付かない◯◯岩や◯◯島も多くあります。立神には相応しい姿形や位置があるらしく、あまり大き過ぎたり近過ぎ・遠過ぎはダメなようです。(例外あり)
海の彼方から来訪する神がいよいよ島へ渡る時の足掛かりです。近過ぎたり大き過ぎるものは島の内と見なされ「もう渡って来ちゃってるし・・」になってしまいます。遠過ぎると、迎え入れる集落側からは神様が来てるか来てないか分からないし、神様側としても招聘神事の祝詞が何言ってるか聞こえないし、大股開きで渡るのも困るわけです。
(ちなみに遠くに目立つ岩礁は集落とは隔絶した存在で「トンバラ(飛び離れた地)」と呼ばれたりします)
立神であるために何より肝心なのは、来訪神を迎え豊穣を祈る信仰に適うか?で、見た目もさる事ながら、シマ(集落)の神を敬う心にリンクするかどうかの一点です。
芝立神に気高さを感じてしまうのは、地味なのに立神=それだけシマの心を集めてきた、と理解するからかと思います。
面白いことに「奄美 加計呂麻島のノロ祭祀」(松原武美著) の芝の項には、集落東の小さな突端が「ワキンノハナ」と呼ばれ「神女たちがここへ集まって何かした」との記述があります。東の突端は、西の岬に隠れ気味な芝立神を最もよく眺められるポイントです。立神に関連する神事が行われていたのかもと想像されます。
( 別に「タカバチ山の峰に祀られる神様が降りてきて相談するところ」との記述もあります)
芝は大島海峡の航路に面しているため、古仁屋へ出入りするフェリーからよく見えます。芝立神がランドマークです。
芝全景(2009年9月 , フェリー「あまみ」より)
右に立神、中央の浜を隔てて左に家並が望める
立神と集落の間の浜
















































