いくらなんでも暗過ぎですが、個人的に好きな一枚。焼内湾の入江で名柄(ながら)集落の夜景撮影時についでに撮ったものです。
名柄の漁灯(2024年2月)これでも明るく補正
名柄は宇検村の西方の集落ですが、瀬戸内町久慈へ抜ける峠道の分岐点で、この辺りではやや戸数が多く小中学校も置かれています。夜景も少しばかり賑やかです。
名柄集落暮景(2024年2月)
山懐に抱かれた焼内湾の更に深い入江の奥に位置し、落ち着きある佇まいという点では宇検村で一番かも知れません。入江の口あたりからの集落の眺めには何かホッとするものがあります。
ただこれは昼の話し。さざ波すら立たない入江の奥は日没とともに急激に暗くなり静まりかえります。このときは夜20時。カメラの先には名柄の灯があるものの、自分の周囲は真っ暗な山裾。県道脇でしたが、たまに遅い家路を辿る車がある程度の寂しい場所です。
宇検村はケンムン話(木に棲む妖怪。沖縄だとキジムナー)の多い土地。また、名柄の背後に見える山は奄美では誰もが知っている「かんつめ節」の悲話の舞台・・。なかなかゾクゾクする状況でした。
1時間近く経った頃、初めて名柄側から車がやって来て後ろを通り過ぎたのですが、少し先の木立の陰で停まった気配がして、暫くすると小さな灯がフラフラ浜に降りてきました。どうやら「イザリ」です。(夜間にヤス等でタコや魚を狙う個人漁) 真っ暗闇で姿は見えませんが灯は少しづつ移動していき、時々「チャブッ!」と水音も聞こえます。(この時撮ったのが冒頭の写真)
奄美の人はイザリが好きで、潮に合わせ夜の海に出ます。昔お世話になった古仁屋のおばちゃんも真夜中に平気で幾つも岬を越えた海に出かけ、朝になると洗面器に入れた大きなイカやタコを自慢げに見せてくれました。
そんな島人が近くで獲物を漁っているのは頼もしい限り。勇気百倍で撮影を続け、最後はまだまだ動き回る灯を後に宿へ帰ったのでした。
昼下がりの名柄(2004年6月)
「かんつめ節」
名柄の娘・かんつめ(かんてぃみ . 実在が判明している)と山を隔てた久慈の若者・岩加那(岩太郎の尊称)の悲恋を悼むシマ唄。
かんつめはヤンチュ(身売りされた使用人)。主家に公用で訪れた岩加那と恋に落ちるが、逢瀬を主人に咎められ激しい折檻を受け、世を儚んで待合せ場所の峠で自害してしまう。岩加那はこれを知らぬまま峠の小屋に行き二人で夜通し唄遊びをするが、かんつめは最後にこう唄う
「あかす世や暮れて汝(な)きゃ夜や明ける 果報節(かふせつ)のあらばまた見逢(みきょ)そ」
(私のいるあの世は暮れ、あなたの世は明ける 良き時節が有ればまたお逢いしましょう)
名柄〜久慈の峠には碑が建立されている。
地元では日没後のかんつめ節は亡霊を呼ぶとされ、今でも夜更けの演奏を控える。
古仁屋の友人で唄者でもあるH姉は、コンクールでかんつめ節を唄うにあたり三味線奏者と峠に御参りに行ったが奏者は怖がって車の中から拝み「私はちゃんと御参りしたよー」と話していた。






































