今日は、端午の節句ですね。
男の子の成長を祝う節句、
3月の桃の節句は、女の子ですよね。
最近は、ジェンダーフリーは、当たり前の言葉にになりましが、
改めて、考えてみました。
ジェンダーの語源は、ラテン語のgenus、(産む、種族、起源)
「生まれついての種類」という意味から転じて、性別のことを指すようになったそうです。
共通の語源の言葉として、gene(遺伝子) genital(生殖の) genre(ジャンル)などがあり、
生物学的性別(sex)と分けて、社会的文化的性別として1970年代頃から、用いられて来たようです。
今は、トランスジェンダー、マイノリティジェンダーもありますね。
特に、社会的な不平等を訴えるために、使われていますが、
世界には、いまだに、そういった不平等が存在しています。
そういった事をなくすのは、大切ですが、
ジェンダー(性差)そのものは、有った方が良いと思います。
日本人には有名な、「もも太郎」のお話、
おばあさんは、川へ洗濯に
おじいさんは、山へ芝刈りに
これは、男女の差別ではないと思います。
おばあさんとおじいさんのすることは、入れ替わっても良いとですね。
私達、人類は、助けあうことで、生き延びてきました。
助けあって、家庭を守り、もも太郎を育てる。
ひとりで育てるのは、大変ですか゛
二人であれば、大分ちがうと思います。
その時に、性差、性格、得手不得手、など
違った方が、かえってお互いを、補完しあえて有利です。
夫婦でしたら、破れ鍋に綴蓋
漫才コンビなら、ボケと突っ込み、みたいにね。
また、あまり似ていると、返ってぶつかってしまいます。
たとえば、二人とも園芸が好きですと、
私は、洋風の庭にしたい。
俺は、和風の庭がいい。みたいにね。
性差に限らず、私達には、必ず違いがあります。
それを、お互いに理解し、尊重することで、
むしろ、プラスにできますね。