鷲(わし)季語/冬 狗鷲

 イヌワシ ワシタカ科 留鳥 L♂8189 W168213

右の写真は幼鳥
これらの写真はウイキペディア「日本語版」より引用しました。
https://ja.wikipedia.org/wiki/イヌワシ   最終更新 2017年7月5日 (水) 15:43 より
大鷲 ( 尾白鷲 )
この写真はウイキペディア「日本語版」より引用しました。
https://ja.wikipedia.org/wiki/オオワシ  最終更新 2017年8月29日 (火) 04:31 より

 鷲といえばイヌワシ。全体に黒褐色の大きな山ワシで後頭部は金茶色をしている。太く大きい嘴に逞しい足と鋭い爪。翼をひらいた開長は二メートル近い。大人が両腕をひらいたくらいはある。翼はむしろ細長く見え尾羽もわりあい長く見える。ほとんど羽ばたくこともなく帆翔する。上昇気流にのって旋回しながら高度をかせぎ、あとはかなりのスピードで流れるように直飛する。山道で上空を滑るように飛ぶ姿を見たらまれな幸運といわねばならぬ。いる地方に行けば飽きることなく終日すごすことができるが、繁殖ポイントは極秘、生息地の公開もはばかられる問題がある。密猟者にねらわれるからである。まれな幸運をたのむよりほかないが、目撃しても無闇に場所を口外しない節度が求められる。

 イヌワシは高山の鳥と思われていたが、最近の研究では標高1000メートル前後の山地にも棲んでいることがわかってきた。巣はトウヒ、アカマツなどの樹上に作られることもあるが、ほとんどは急峻な断崖の岩棚の上である。観察する時はその向い斜面にブラインドを張るが、イヌワシの警戒心を柔らげるために一週間ぐらいは放置する。ブラインドには夜の間に入る。物音はたてない。観察点から巣まで谷を隔てて数百メートル、時にはそれ以上の距離はあるが、イヌワシは神経質でダム工事や林道工事はいうまでもなく、少しの人為的影響にも鋭く反応し簡単に巣を放棄してしまうからである。せまいブラインド内での観察は修行僧の苦行に近い。

 イヌワシは片方が死ぬまで一夫一妻を守り一年中つがいで暮らす。1040、時には4080平方キロメートルの行動圏の内側に2~6平方キロメートルの繁殖縄張りを持っている。行動圏の観察にはブラインドを特に必要としないが、広い範囲を見渡せるところに身を隠す。身を隠しても隠せなくてもイヌワシにはすべてお見通しで、それでも警戒しないのは距離があるからである。十一月に求愛飛翔、十二月には大きな枝を咥えて飛ぶ巣材運びが盛んになり、一月に交尾、二月には産卵に入るが、これは雛が食べ盛りになる時期を餌のノウサギの子がたくさん野山に出てくる時期に合わせているのである。また森林内を飛ぶのが不得手なイヌワシの狩場は岩場、草地、まばらな灌木林に限られるが、冬枯れの時期なら狩りは楽である。したがって繁殖の重要な時期が冬にあり、活動が目立つのは冬である。特に冬の間の求愛飛翔は見ごたえがある。二羽並んで飛ぶ並行飛翔、急降下と急上昇をくりかえす波状飛翔、互いに両脚を突き出し爪をからませて巴になる疑似攻撃飛翔、急降下と宙返りと急上昇を組み合せて8の字を描く8字飛翔など、鳥の王者にふさわしいスケールの大きい飛びっぷりは、身を裂く寒気の中で全身の血を沸きかえらせずにはおかないだろう。雛は六月には巣立ちして親について学習するが、十一月には親の縄張りから追放される。翼に大きい白紋があり尾羽のもとも白いのが若旦那である。

 イヌワシは特別天然記念物、特殊鳥類に指定されているが、国にできるのはそこまでである。実体は絶滅危惧種。198185年間に226つがいが確認されていたのが、198590年間には117つがい。巣立ち雛も108羽から74羽に激減している。白い産毛の雛同士の兄弟殺しが残酷の象徴のように取り沙汰されるが。イヌワシにとっては種の存続をかけた究極の手段であることを知ってほしい。自然環境が豊かなら兄弟殺しは決して起らない。永田町、霞ヶ関という巨大シャーレで腐敗菌が自家培養されるのを飽食国民が見て見ぬふりをつづける一方で、トキは絶滅し多くの動物が滅亡への道を歩かされている。日本はこれでも豊かな国だろうか。

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  翼張って鳶の近づく雲の峰      玄間悠久男

 写生とか写実という言葉を越えて、見えてくる句である。真っ白に輝いて湧きながら成長する雲の峰。その雲に向っていく一羽のトビ。大きさ、翼の張り具合、尾の形から一目でトビと判る。鮮やかな実景である。

 寒ぼたん天空鷹を離さざる      中村たもつ

 この鷹はノスリ。「天空鷹を離さざる」から、まるで空にはりついた凧のようにホバリングをつづけるノスリを直感する。そして「寒ぼたん」。寒牡丹といえば、石光寺、また当麻寺。これら大和の古刹は山を背にして前に平野が展けている。冬のノスリが活動する場である。それにしても寒牡丹に鷹はいい。

 

鳶旋回旱の川の何狙ふ        大喜多弘子

天上に鳶の鋭き笛氷り滝       川本きくゑ

芦原の照るに浮びて春の鳶      村沢 夏風

春の鳶寄りわかれては高みつつ    飯田 龍太

雪晴や空ゆく鳶の声はるか      押山智惠子

夏鳶や紀の国いづる安房の船     衣笠  葉

雪の嶺々退け鷲の渡るなり      佐川 雨人

鷲を待つ凝視の睫毛霧たかる     大喜多弘子

天に鷲なはばりの谷雪しまく     土屋 休丘