駒鳥(こまどり)  季語/

 コマドリ ヒタキ科ツグミ亜科 夏鳥 L14 W21

 

           この写真は、奈良市の野鳥写真家 松本さんから提供いただきました。

 背面はいくぶん赤味がかった褐色で、美しいのは顔から喉、上胸部にかけての強い橙を帯びた褐色である。その下は灰色で境にくまどりのような強い線があって、その為に上の橙色がいっそう鮮やかに見える。正面から見ると不思議な雰囲気をただよわす。スズメよりはいくらか大きめの鳥で、姿勢は背筋の反った引きしまった感じである。中国南部から夏鳥として渡ってきて屋久島から礼文島まで日本全国で繁殖するが、越冬地は局地的で繁殖地も世界で日本だけという稀少種である。標高1000

から1500メートル前後の暗い林の林床にササなどが茂る下薮が好みらしい。ササやぶがあれば、ブナのような落葉樹林でもモミやツガなどの針葉樹林でもよく、あまり樹種にこだわらない。中部山岳地帯に多く、北へ行くほど分布の標高は下り、北海道では山岳地帯だけでなく釧路東部の海岸沿いの森林や稚内周辺の平地林でも記録されている。道東の海岸沿いの森林は、海霧の発生により夏でも気温が低いため本州の山岳とよく似た生息環境を提供しているのであろう。中国地方では大山の他にほとんど見られないのは、これらの標高(気温)を満たす山が少ないからである。近畿地方では奈良県の山岳地帯に集中して分布の密度は濃かったが、近年、ブナの皆伐政策が急速に進み大峰山系でも台高山系でも往時の面影はない。大台ヶ原でもブナ林は残されたとはいうもののコマドリの数は減った。

 

 たとえ深い下薮の中に生活する鳥であっても、あんがい姿を見る機会がある。チキッという鋭い発声で、警戒するときはチッチッチッと続ける。囀りはピンッカララララとかチッツルルルルと聞こえ、声量ゆたかな勇ましさが馬のいななきのようだというので駒鳥の名があるという。その囀りの時には倒木や苔むした切株の上で、時には樹木のてっぺんに出て歌っていたりする。嘴を斜め上にむけて喉をふくらませながら囀る姿は、喉や胸の橙色がひときわ映えて美しい。薮の中で見づらい時も、場所を変えては囀るのでしばらく待っているとひょいと姿を見せたりする。コルリの囀りによく似ていてしばしば迷わされることもあるが、コルリの方はチンチンチンと前奏が入りレパートリーもかなり変化があるのでしばらく聞いていると判別できる。

 繁殖期には番で縄張りを持って巣は地上へ作り、倒木の根株の苔のくぼみや斜面の苔のくぼみなどで、大量の苔が使われる。

 

 駒鳥の来鳴きて岳の雪ゆるぶ       倉橋 羊村

 ブナの若葉が目にまぶしい初夏。しかし向こうの山肌をおおう雪はまだぶ厚い。コマドリが渡ってきてさかんに囀る。突きぬけるように勇ましい歌声に、その岳の雪もゆるみだしたのである。

 

 悉く落葉松の青さ駒鳥(こま)鳴けり    瀧  春一

 

 駒鳥や崖をしたたる露の色        加藤 楸邨

 駒鳥やこだまかへらぬ廃れ坑口      金子 波龍

 

私本野鳥歳時記(13)1995年8月