「30万、貸してや」
また、その言葉だ。
電話を見た瞬間、胸がぎゅっとなる。出たくない。でも出ないわけにもいかない。母だから。
40代になった今も、母からのお金の無心は続いている。10年以上、ずっとそうだ。「貸して」「借りきて」——言葉は違っても、意味は同じ。
正直に言う。断れない自分がいる。
なんとかしてあげたい。でも、どうにもしてあげられない。そのたびに押し寄せてくる申し訳なさ。「ごめんね、私には無理」と言いながら、心のどこかで自分を責めている。
同時に、こんな気持ちもある。
——もう言わないでほしい。
そう思ってしまう自分が、また嫌になる。
娘として、親を助けたいのは本当だ。でも私にも家庭がある。守らなきゃいけないものがある。「なんとかしてあげられない」のは、薄情なんじゃない。そうわかっていても、罪悪感は消えない。
これを読んでいるあなたも、もしかして同じ気持ちを抱えていますか?
「親だから」「家族だから」と自分を追い詰めながら、誰にも言えずにいる人が、きっとどこかにいると思って、今日この話を書いた。
あなたは一人じゃないよ、と伝えたかった。