数年前、あるアーティストとお話をする機会を得た。


彼は、60歳半ばか、もう少し歳をとっていられるのか。

彼が私に、言った話の内容です。

「もうこの歳になってきたら、

美しいものだけを見るようにしています。

全てを見る必要がないんです。」

と、そのお話の中に、

彼の長年からそして、経験からくる「見る目」があるんだな、

美しいものが何かという事が、分かっていらっしゃるんだな、

もうこれ以上、たくさんのものを吸収しなくて良いんだな、

等々、理解させて頂いた。


彼の作品は、シンプルでありながら洗練された確固たる形がある。

この作品が、それを物語っていると、確信した。




私は作家ですが、

他の作家の作品を買い求める事もしばしば。

自分にはない他の作家の作品の魅力。

自分の手元においてみると、

様々な発見や、感動があります。

また、逆に、自分の作品を買って下さる方の気持ちになれる事も

大切な事です。

義理で、求める事は、

相手との作品の繋がりが、希薄でしょ。

昨日も求めてしまいました。

ある方の作品を!




作品を制作するとき、

作為的に制作するか、

無作為的、何か降りてきて、自分の意志じゃなく、

手が勝手に動くみたいな感じで制作するのか。

どちらか?

以前、無作為に制作しなさいとアドバイスをして下さった方がいました。

その事がわからず、ずっと悩んでいた事を思い出します。

このところ、その意味が少しですがわかってきた様な気がします。

自分を捨てる、

主張を捨てる、

これでもかこれでもかと作品に手を入れすぎる。

絶対、その作品からのお金を考えない。

自然に同化させる。

等々。

もっともっと、書きたい事はありますが。