今日は誰も来なかったので一人稽古。
居合をやってから座禅。
つらつら四方山なことに想いを馳せていたら、昨年の冬に亡くなった我らが堂野顧問を思い出した。
堂野さんとの出会いは8年位遡る。
桜木町駅前でビッグイシューを売っていた個性的な妙に若々しい老紳士こそが、誰あろう堂野さんだった。雑誌を買ううちにどんどん仲良くなり、その内に手書きの大和流の看板をビッグイシューの売り場に置いてもらうようになり、大和流の宣伝部長を自認する(後に公認)堂野さんは、積極的に道行く人に声を掛けて回ってくれた。ただ、おおむね予想通り😽効果は無く、全然練習生は増えず。じゃあ代わりにと、堂野さん自身が稽古に来てくれるようになったと言う訳である。そうそう、堂野さんが拓郎さんを連れてきてくれたことは忘れてはいけないが。
そんな訳で、堂野さんは意外にも?几帳面に毎回稽古に来てくれた。
型は全く覚えないし覚える気も無さそうだったけれど、楽しそうに技を掛けまくっては、疲れた!と気ままに休んでいた(今考えると本当にきつかったのだと思うけど)。防衛本能も発達しているので、こちらが力技を使うと上手く抵抗して技が掛からなくなり、いい勉強にもなった。
堂野さんが亡くなる前の1か月ほどは、一緒に居合ばかり稽古した。居合が好きだったみたいで、いつにも増して楽しそうに見えた。そんな中、こちらも肩の力が自然に抜けていい感じに刀が振れるようになった。ありがたい、さすがは顧問!(堂野さんには東光塾長にゃんこ先生の推薦もあり、横浜道場の顧問になっていただいていた)。
そんな元気な堂野さんは、本当に突然、まさに「ぽっくり」と亡くなった。亡くなる時の気持ちは本人にしかわからないことだけど、とても潔い爽やかでさえある最後だったと言えると思う。とは言え、死とは突然来てその人には2度と会うことができない。それに、親類でもない友人や自分には、どの様に弔いがなされたのか知る手筈がなかった。これは結構ショックなことで、特に友人はだいぶ落ち込んでいた。
人は死んだら意識は消えてしまうと思うけど、こうして思い出すと、何となく堂野さんが喜んでくれている気持ちになる。勝手な思い込みかもしれないけど。
合掌。
達人風

