最近、昔の相撲ってどんな感じだったのか興味が出てきて、いろいろ関係する本を読んでいるのだが、夢枕獏の「本朝無双格闘家列伝」と言う随分前に買った本を読み直してみた。
それによると、やはり昔の相撲は相当荒っぽく、武術そのものだったように感じる。
例えば記録された中では日本最古の相撲と言われる野見宿禰と当麻蹴速の相撲は壮絶な「蹴り合い」で、最後は宿禰が蹴速の腰を「踏み折る」と言う荒業を使っている。
土俵の上で大銀杏をして色白の太ったお相撲さんが儀礼にのっとって相撲を取るという今の牧歌的な形式になったのは近世以降のよう。
そんな中で印象深いのが、鎌倉初期の畠山重忠と力士長居の一戦。
鎌倉に幕府を立ち上げて意気軒高な頼朝のもとに、ふらりと力士が現れる。
それが天下無双と名高い、長居。
「鎌倉殿の配下で少し腕が立つのは畠山殿くらい。でもそれでも自分とは勝負にはならないでしょう」
と挑戦的な物言いに、色めき立つ家臣団。
気まずい雰囲気の中、畠山登場。
すがるような頼朝の目つきにすべてを察し、長居が仁王立ちする、中庭へ。
仕合は長居による畠山の右肩口への「手刀」で始まるという、まさに徒手格闘技的な展開。
まわしを取ろうとする長居の両肩を、むんずと掴んで距離をとり、寄せ付けない畠山。
暫く硬直状態が続くが、最後は長居がペタッとしりもちを付いてあっけなく終了。
長居は両肩を砕かれ動けず、門外にたたき出されたという(ちょっとかわいそうですね)
夢枕獏は、「記録には書かれていないが、多分三角締めをやったに違いない」と言うが、多分間違いで、単純に肩を握りつぶしただけなんだと思う。いずれにしても、鎌倉武士の格好良さ残酷さの併存が目立つ仕合である。
相撲の歴史は奥深そうなので、今後もいろいろと読んでみたい。
下は、畠山対長居の想像図。
長居の1日も早い回復を願う。

