今回は後北条氏の居城・小田原城を目指し、二宮から出発。
街道を歩き始めると早速左手に海が見え隠れし始め、わくわく感が増す。
右手には小さいけれど由緒正しそうな神社が。浅間(せんげん)神社というらしい。小さいけれど何か品があるな~と思って後で調べてみると、かの曽我兄弟に所縁があるとのこと(ちなみにかたき討ちって習慣自体、農耕民族ではなく、いかにも騎馬民族的な感じがします)。
さすがは東海道。少し探ったら、こういうエピソードがどんどん出てくる。
鴨宮を超えたあたりで、富士山が周りの山々に隠れて白頭を見せるのみになり、やがて完全に消えてしまった。少し寂しくなる。
そうこうしているうちに、いよいよ街道沿いの家が立派になってきた。
面白いもので、街道が徐々に城下町になってくるのが、歩きながら実感できる。
軒先の雰囲気から、戦国関東の覇者のおひざ元に属しているという誇りがひしひしと伝わって来る。
そして、ついに難攻不落の小田原城に到着。
ずいぶん昔に妻と娘と来て以来だが、コロナの影響もあり、ずいぶん簡素になった印象だった。天守閣の前のミニ動物園に居た象の梅子も、とっくの昔に居なくなった様子で、寂しい。
それでも、東国随一の難攻不落の名城、端正な立ち姿にしばし見とれてしまった。
天守閣の下でしばらく休んでから、行けるところまで行こうと、東海道に戻る。
ここからいよいよ、箱根に向けた道になる。
緩やかな坂をどんどん上っていくと、周りの雰囲気は次第に山のそれに代わっていく。
歩きながら、小田原城から箱根が意外に近く、その要害を城の守りに使っていたことが実感できた。
ところで、ずんずん歩いている途中、期せずして少し武術の修業ができた。
歩道で後ろから自転車が近づいてきたのだが、路が細いので早く追い越してもらおうと力を抜いて体を小さくして歩いていると、抜かれる瞬間に相手の息遣いや動きが、見ている様に分かったのである。
後ろから竹刀でたたかれるのを振り向かずによける練習をよく見るが、とても無理だと思っていた。でも、「お先にどうぞ」という気持ちでいると、意外とよけることができるんじゃないか、と思われた。
そんなこんなで、ついに箱根湯本まで到着。
時間は3時くらいになっていたので、ここまでが潮時と思い、川沿いでしばし酎ハイ片手に休憩。温泉まんじゅうを買って箱根登山鉄道で帰路に就いたのだった。
次回はいよいよ箱根越え、沼津まで一気に踏破したい。












