このブログは、笑いを 主たる目的とし、社会的な諸問題にも 笑いでもって 解決しようとするものである。



当然、事件の多くは 笑いとは逆に位置し、生命に関わる問題を 笑いで解決することは 困難である。



「笑い」=「軽んじる」という式が 社会的に 正しい考え方なのかを検証しつつ、慎重に取り組みたい。



笑いは、悲しみから立ち直ってもらうための きっかけにもなり、生命の輝きでもある。




世の中には、葬式が お祭り騒ぎになる国もある。


人は、生きる必要もあるが 死ぬ必要もある。


誕生だけが存在し、死の無い社会は 有り得ない。


逆に言えば、死の無い社会には、誕生も無い。


死ぬということは、あってはならないことではない。


人の死による耐え難い悲しみは、孤独感であり、青春が甦ったように 精力が増すことがある。


これは、性欲という 所謂「人を増やそうとする本能」が、 「人を欠乏している時に感じる」孤独感 から生まれるからである。


繁殖期である青年期にも、人は 強い孤独感によって 性欲が増すと言われている。




生命の本質から 正しいモラルを判断し、それが 常識を逸脱していたとしても、強く 世に提唱したい。





しばしば、笑われることを 「屈辱」と解釈することで、怒りを 生むことがある。


しかし、屈辱的な笑いほど 芸人にとって ネタになるものは 無い。


つまり、解釈次第で 怒りが 笑いにもなる ということ。


解釈は、人の考え方であり、考え方を変えるだけで 争いが生じないのなら 考え方は 変えるべきである。





多くの人が苦しまないための社会には いったい何が必要なのか。


常識への挑戦


意識改革


争いごとを確実に減らそう という目的を原点として、このブログを構築したい。