こちらも、再度読み返したくなったので。
今読み返すと横柄(?)な部分もあるけど、当時の文章のままで。
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NEET
2004年11月7日
私は今卒業論文で「NEET」について書いています。
ニート 「Not in Education. Employment or Training」
の頭文字をとった英国生まれの造語。
厚生労働省による「若者無業者の定義は、非労働力人口(働いていないし、働くための具体的な行動もしていない)のうち(1)15歳から34歳 (2)家事、通学をしていない人
(3)卒業者 (4)未婚に該当する人 を指す。構成労働省が総務省の労働力をもとに初めて推計したところ、03年は52万人で1年間で4万人増えたという。ただ、研究者から「217万人いるフリーターとの境界線があいまい」との指摘もある。
(10月 朝日新聞朝刊)
その中で「ニート」の実態がだんだん明らかになってきました。
ニートは「働きたくても働く一歩が踏み出せない若者」なのですがその背景にあるのは
1、労働市場の変化
競争の激化による二極分化(専門能力を有する人と単純作業をやる人)
↓
でもそのことに就職活動を始めるまで気付いていない。
今までの学校の偏差値の価値観から大学も選んでしまい、自分が主体的に生きていないことに気づく
↓
「自分自身に合うものって何?」「自分が本当にやりたいことって何?」という問い
↓
やりたいことが分るまで働けなくなってしまう
2、資本主義っていうシステムに入り、没個性化することへの反抗
3、市場の競争の中に入って負けることへの恐怖(特に高学歴の人に多い)
ニートを研究していると、興味深いのが、ニートには高学歴の人がけっこう多いということ。
物質的にも豊かになったし、ある程度実力があるからこそ「選ばない」選択支も出てきてしまう。
そして、負けることを嫌う、失敗することを嫌うプライドの高い人がとても多いということ。
ものごとは失敗から学ぶことも多いし、本気になって打ちこんでみないとそれが本当に合うかどうかなんて
て分らない。
それに、たとえコピーとりでも、掃除でも、それを完璧にこなすというのは並大抵のことではありません。
なのに、どうして先回りをして恐がってしまうのでしょうか。
それには、今は転職も当たり前になってきていますが、一度就職したらなかなか道を変えられないっていう日本の社会システムのがあるのかな。
「情報化」や携帯とか、自分の部屋とか、PCとか「個」の文化になってきていることも関係しているかもしれない。
ニートが増える原因。
家庭教育、労働市場、学校教育・・・・
いろいろなことが叫ばれているけれども、私は
「世の中が多様化しているのに、学校教育、家庭教育が画一なことからくる歪」
が大きいと思っています。
少し前までは偏差値準に学校を選び、会社もその学校に見合ったところに行っていたわけです。
終身雇用、年功序列で安心でした。
それって会社に頼った生き方なわけで、能動的じゃなくても、受動的でも生きれたわけです。
でも、今はいろいろな規制が緩和されて、「選ぶこと」「選ばないこと」も自分ですべてを選択して、選択したことにおいて自分が責任をとっていく時代になった。
感のいい人、賢い人は大学に入る時点でそのことに気付いています。
だから「将来●●になりたいから今●●をしよう」という目的を持って主体的に行動しています。
しかし、なんとなく受動的に生きてきた人は、大学も高校と同じ感覚で過ごしてしまいます。
その結果、今までの受動的・均質な空間から旧に競争社会へ出ることへの拒絶反応がおこっていまう(→NEET)
なのではないでしょうか。
そう考えるとNEETって本当に社会的に大きな問題なのではないかと思います。
そして、今働いている方の中にも「潜在的なNEET」はたくさんいるのではないでしょうか。
とある会社の面接で「あなたがこれのめに働ける」というものは何ですか?
と聞かれたことがありました。
それが分らないと、仕事人間になってしまうよって。
その会社はけっこうハードワークで有名な会社だったから、私にはその、面接官の方のひとことがとても印象的でした。
「日本では、会社でうまくいかないからって自殺する人がとても多いんです。
でも、それって仕事以上に大切なものが分っていないからですよね。
その方は執行役員という肩抱きを持っているにも関わらず、私は今会社が倒産しても、家族といっしょに山奥でくらしていけます。たとえ、今と全然違う暮らしになってもね。」
ってにこって笑って応えてくれました
「何のために働いているのか」
この問いに明確に答えられる人が、今働いている人たちの中にどれくらいいるのでしょうか。
私はこの問いに答えられない人たちは「潜在的ニート」なんじゃないかなと思います。
「何のために働いているのか」が見えにくい時代。
「何のために働いているのか」を問わなければいけない豊かな時代。
私たちは何を求めて「働く」のでしょうか。
「主体的に生きる」こと、当たり前のようで実はすごく難しいことです。