言葉に対して.... 随所に現れる大きな壁... | ちゃありぃのブログ

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偏屈なオヤジが、サブカル、音楽、文学、哲学、社会や時事ネタ、そして、自らを紙クズ同然の脆弱な存在である事を標榜し、さらに人として男として研鑚していく熱い男達の集まり、クズ会の話をしていきます。苦笑

どうも、ちゃありいです。
何か、また、最近、言葉に対してネガティブに考えてしまうんですよ。
それを払拭する為に また言葉と向き合うと決めたんですけど。

多種多様ではあるものの、無限のようで有限な表現する手段としての言葉に、です。

最も理解していると思える自分のことですら、言葉に還元して多くの語彙や、行間が織りなす書き手の魂をもってしても、どれくらいの事を表現出来るのか、また、出来てるのかなと。

例えば、リンゴ一個の存在すらも、至極簡単に言えば的確に言葉というもので、どこまで表現できるのかなと。

まあ、哲学で言えば認識論の問題みたいなもんで、五感と心で汲みとったものを どれだけ言葉で表現出来るのかなと。

結局、堂々巡りになってしまうんですよね。
それで、また言葉に対しての愛情や信頼性を疑い、文章を織りなす事に臆病になり、憂鬱に思い、空虚なものに感じてしまう。

かと言って、私や私の周りの人間、物事を出来る限り具体性を持って表現しようとしたら...
例えば、ひとりひとりに会って私という存在を出来る限り理解してもらおうとしたら、
人間の持っている時間では、限り無く無に近い程、短くて足りないんですよね。

う~ん、さぁて困りましたねぇ~。
私の一生涯の命題ともゆうべき、言葉と真摯に向かい合う事に、毎度の如く、言葉の大きな壁が立ちはだかって来てます。
                                                         苦笑。