地居天
インドラと阿修羅と婆羅門と

 一心 一切法
 一切法 一心
 苦行を楽行となし
 楽行を遊行となし
 遊戯三昧
 笙を吹き
 皷を打ち
 天女は羽衣をなびかせて舞い
 天仙は酒を汲みて呵々大笑した

            ◇ ◇

 アスラの子ヴァルナ 太陽によって地界を測り リタ(天則)を掌る
 ミトラとともに ミトラ・ヴァルナは昼であり夜であり 
 昇りつつある太陽であり 沈みゆく太陽であり
 呼(はく)気であり 吸(すう)気であり 
 不死なるもの彼に従い 勝れたる容姿をもてる民アリアンを支配した 

 ヴァルナは偉大なる道義・司法・創造の神
 インドラとともに リグ・ヴェーダの代表神であった


 インドラ ソーマ酒の痛飲者
 「われはソーマ酒を痛飲した
 わが飲んだ酒量が凶暴な疾風のようにわれを走らす」 
 褐色の体に 褐色の髪 褐色の髭をなびかせ 
 ヴァヂュラ(金剛杵)を手にもって 二頭の名馬ハリの牽く黄金の戦車に乗り 
 マルト神群を従えて 空中を駆走する
 蛇族の初生児ヴリトラの殺戮者
 足なく手なきヴリトラの殺戮者
 水を堰きとめていたヴリトラの殺戮者
 インドラはその母にも武器を撃ち下ろした
 母は上に子は下に 犢に寄り添う母牛のごとくにダーヌは横たわった
 の上を越えて
 水はマヌのために流れ出る 

 天の牧場の牝牛を盗んだバニの岩洞を 一呼して吹き砕き 
 インドラは牝牛を奪還する
 群れなす牝牛のふくよかな乳房からこぼれる雨の滴は
 大地とその上の草木とを肥やした

 インドラは
 貧しき者も 病める者も 正義を好む者も 敬虔なる者も 
 朝に夕に彼を称える者も これらの人々にとって
 救主であり 優しい友であった 

 しかし ソーマ酒の痛飲者
 陽気な天界の奏楽群の長であり 時に粗野不遜
 インドラは ウシャス(暁紅神)の車を破壊し
 スールヤ(太陽神)の車輪を奪い 先覚者ガウタマの妻を奪い
 他神への崇拝を妬み 隠者ヴィスヴァミトラを神女メナカーを使はして誘惑し堕落させた 

 アスラと戦い ヴィシュヌの権化の力をかりて勝利し 三界の王となったが
 その地位を保つことは短く
 ヴィシュヴァルーパを殺して 婆羅門殺戮の罪を負い
 婆羅門の祭式に支配されて その威光を弱めていった

            ◇ ◇

 スカンバは一切の世界を支えて聳えたつ
 その枝々を崇拝する人々よ
 そこにアーディトヤ神群・ルドラ神群・ヴァス神群が
 あたかも枝梢が幹を取り巻くがごとく 相集まる

 「現象界より生じたる神々が、崇高なりと称せられる。スカンバの一支分にすぎない非実在を、人々は超越的なりと叫ぶ。」
              ―アタルヴァ・ヴェーダ スカンバの歌 その一 二五―
そのスカンバのいかなるものかを説け
 その頭は「普遍の火」 その眼はアンギラス族 その四肢は呪力
 その口はブラフマン その舌は「蜜の鞭」 その乳房はヴィラージュ
 それより讃歌が作り出され 祭詞が削り出される
   
 「時」はその中にブラフマンを含み 
 萬有の主にして プラジャー・パティの父である
 「時」は萬有を包囲して その中に循環して発生する
 ブラフマンは「時」の中に遍在して 広濶であり
 人間の肉体なる家に住んで 個人の本体となる
 女であり 男であり 少年であり 少女であり 老いて杖によりてよろめき 個人の本体アートマンは一切の方位に面する
 一切の方位に面するものに促されて言語は それぞれ適当に語られる
 「語りつつ言語が帰りゆくところ、 それを人は偉大なるブラフマンの威力と呼ぶ。」
              ―アタルヴァ・ヴェーダ スカンバの歌 その一 三三―
それらを知るもの婆羅門(ブラフマナ)は 神々を越えた優位の地位を確立した 

 神々がプルシャ(原人)を犠牲の獣として祭式を行なった時
 その口から生まれた婆羅門であったが
 ホートリ ウドガートリ アドヴァルユの各祭官は
 神々を勧請し 歌詠し 行祭し
 ブラフマン祭官は統監する
 この祭式の中に 神々は位置づけられていった
 
 婆羅門は
 プルシャの腕から生まれたクシャトリヤ 腿からうまれたヴァイシャ 足から生まれたシュードラに優越したが
 紀元前六世紀 コーサラ国マガダ国などの大国が出現し
 大都市の出現と 商工業の発達と 貨幣経済の浸透があった
 それは又クシャトリヤの権威の拡大と ヴァイシャの中からのブルジョアジーの台頭であった
 そのような中に婆羅門の多くは堕落し
 ヴェーダ聖典の権威を無視するシュラマナ(沙門)の出現となった
 そして保持と破壊の輪廻の構造の中に
 ヴィシュヌとシヴァは 直接その信仰を庶民の間に高めていった
 仏教が興ったのもそのような時代であった

◇ ◇
 
四王天
 三十三天(忉利天)
 夜摩天
 都史多天(兜率天)
 楽変化天
 他化自在天

 帝釋天(インドラ)は須彌山の頂上にある喜見大城にあって三十三天を統率する

          「東方の帝釋は白像に乗り、五色の雲の中に住する。その身は金色にして、右手に三鈷を持ち、左手は左の胯に置き、左足を垂れる。三天女ありて、各自の手に蓮華を持ち、盤に青蓮華、または雜花を盛ったものを持つ」
                                  ―金剛儀軌― 
 「阿修羅軍との戦いに、総崩れになって須弥山の下の林の小道にさしかかると 道に金翅鳥の巣があって、雛が口あけて鳴いていた。
 雛を戦車の轍の下にすることを哀れんで、帝釈天は全滅を覚悟して、軍をかえした。
 阿修羅軍は恐れて足並みを乱し、逆に帝釈天軍の大勝利となった。」
                               ―雑阿含経四十六―
 
ささやかなやさしさが帝釈天を慈悲忍辱の柔和の相好に変える
 頭に宝冠をいただき 身には瓔珞を飾り
 手には金剛杵を持って
 梵天とともに仏菩薩の脇侍となって仏法を護る
 天空神として山岳の翼を切った「時」は過去に移ろったが
 国土守護の地居天となって 曼茶羅に位置した

            ◇ ◇
 
アフラ アヴェスタの最高神アフラ・マズダ
 イラン・インド語派として ディヤウス・プリティヴィーと並び
 遠く ギリシャのゼウス・パテール ローマのユピテルと連なる

 アスラの資格を太初より所有していたヴァルナ
 その力によりリタ(天即)を掌り 峻烈なる司法神として邪悪と欺瞞を裁くヴァルナが 水神としてのみ語られる経過の中で
 アスラは 神を否定するものとして 神々を攻撃する悪魔となった

 祭式を司る婆羅門の祭官が 帰一思想のなかに 教権と支配を確立しようとする
 ブラフマンは一切を包容し 一切に遍在し 一切を超越する 最高の原理である
 最もよきブラフマンの具現者を知る者 プラジャー・パティ(造物主)を知る 
 プラーナ神話にいたれば ブラフマー ヴィシュヌ シヴァの三神一体の教義が完成され 
 ヴィシュヌ シヴァが 多数の精霊・悪魔とともに 民衆の信仰と畏敬の対象となり
 リグ・ヴェーダの神々がその地位と権威を失っていく中で
 アスラよ なぜインドラと戦うのか
 アヴェスタにおいて ただインドラが悪魔の意味となったからなのか 

 かってヴィシュヌをはじめとするヴェーダの神々とともに アスラ 大海を撹拌し
 大海 乳海に変じ さらに撹拌して太陽・月・シュリーを得
 ついに不死の甘露 アムリタを得たが
 ヴィシュヌ 女に変身してアスラの一族を惑わし
 ヴェーダの神々はアムリタを独占しようとした
 アスラの一族ラーフ 変装してヴェーダの神々とともにアムリタを飲んだ
 太陽と月 これを見てヴェーダの神々に告げ
 ヴィシィヌ 円盤を飛ばしてラーフの首を切った
 すでに不死となったラーフの首 これより太陽と月を追ってこれに食らいつき 日食と月食をひきおこすという
 それならばヴィシュヌこそがアスラの敵ではないのか

ヴァジュラ・パニー 執金剛神 又の名執金剛薬叉神王は
 金剛杵を手に持つ者 ブッダ・ゴーサによってインドラと注釈された
 曼茶羅において須弥山の北の中腹に位置し 
 右足でシヴァ神を 左足でシヴァ神妃ウマーを踏みつけている
 ヴィシュヌはインドラにとっては友であった
 神界の地位をヴィシュヌに奪われても
 インドラは ヴィシュヌを敵と見なすことが出来なかった
 寧ろ ヴィシュヌのために アスラと戦ったのかも知れない

ヴィシィヌの小賢しい権化の手助けに偽られて
 三界の主権をインドラに譲ったとはいえ アヴェスタの最高神の系譜を継ぐ者
 リグ・ヴェーダの中で ヴァルナの父としてあった者
 ただバラモンとゾロアスターの対立の中に
 非類・非天・不端正にして凶悪な大魔王とされた

 法華經の序品に 阿修羅の一族が並べ記されている
 婆稚(ばち)・佉羅眷駄(こらけんだ)・毘摩質多羅(びましたら)・羅喉(らご)
 羅喉 その身の長さ 二万八千里
 須彌山の北方の大海の底に棲み
 頭上を通り過ぎる忉利天や日月の諸神の無礼を怒り
 大軍を率いて 三十三天を隈なく荒らし廻る

 
アスラ 無酒とも漢訳されて
 無酒神 大海に無量の花片をひたし 海の塩からさをなくそうとして
 海の塩からさの変わらないのに怒り
 酒を断ったアスラ
 冷静にして 己れを持すること厳しく
 遍身赤色 三面にして忿怒相に火焔の髪を逆立てて直立し 二手合掌し 二手それぞれに宝珠を捧げ持つ
 すでに帝釋天は仏菩薩の脇侍であり
 阿修羅は観音二十八部衆のひとりである
 興福寺の八部衆の一武神の阿修羅は優美な青年像の乾漆造りである

 六慾天ではシヴァとヴィシュヌは
 楽変化天 他化自在天であり 空居天としてその地位は高いが
 権化神 変化神 大魔王とも呼ばれている

            ◇         ◇

 インド・イランにまたがる 太古の 神々の物語であった


 強大なエネルギーが地球を造成した世紀
 大陸ですら移動した世紀
 大陸と大陸が接触し ヒマラヤ山塊がせりあがった世紀
 のいまだ冷めず 余熱のほとばしる時代
 それはまさに神々の時代であった

 人は単にマヌの末裔なのであろうか
 人はそのイデアルティプスに神々を記憶し
保持と破壊の輪廻の中に 日常的な神々との接触を持つが
 優れたブラフマナの系譜は 「時間」の中に偏在するブラフマンと
 個人の本体アートマンとの自己同一を明らかにし
 その普遍性によって促される言語は 神々を超えた哲理を語り伝えた
 
 仏は萬有を包囲する「時間」を諸行無常 諸行壞法としてとらえ
 一切に自性無しとして 色界(四禅天)を超えて
 空無辺処天 識無辺処天 無処所有天 非想非非想処天を説いた
 
 しかしなお我らはここに生きている
 空無辺処天 識無辺処天 無処所有天 非想非非想処天であり
 四禅天であり
 神々の世界であり 云々 地獄である

 精神科医であり現代インドの導師であるバグワン・シュリ・ラジニーシは言う
 タントラは自然の道
 タントラでは樂なれば正である
 リラックスせよ 
目を閉じて両手を空に向かって伸ばせ
 自分は空の器 中空の竹
 ちょうど壺のように
 頭は壺の口
 すると空からエネルギーが滝のように降り注いで
 体の中が一杯になったら
 ひざまずいて 大地に頭をつけて エネルギーを大地に注ぎ込め
 それが天と地とを繋ぐ人の礼拝のかたちである
 エネルギーが体の中の七つのチャクラを貫くまで繰り返し
 やがて エネルギーが宇宙と振動しているだけで そこには誰もいない
 それがマハムドラーだ
 可能な限り至福に満ちた意識の状態だ
                         ―存在の詩― 星川 淳訳より―
 
          ◇         ◇

 白雲が湧き上がり 消えていく

 かって そこには昼夜 雷光が走り 雷鳴が轟いた
 四王天 忉利天は地居天としてこの地のもっとも高い所に位し
 夜摩天 都史多天(兜率天) 楽変化天 他化自在天は 空居天としてこの地を俯瞰し
 人々 その信仰する所に従って迎え入れられたが
 なお煩悩解脱を求めて 行者は喘ぎ苦しんだ
 
多くの人々が在家にありて義の人であり 徳を積み 慈悲を施し 人として
の誇りに生きた
 五道を背負い 天霊の助けをかりて 義の人はダルマの帯びを見上げる
 透明なダルマの帯びが天空を輪をなして流れる
 七色の光りを受けて 時折宝石のように輝く
 
 静坐観の菩薩が観念する
 この一念にして三世三千世界の四苦を解き放つ
 愛であり 慈悲であり 無であり 空であり
 真実の自己であり 
 四苦は霧の晴れるがごとく消える
 自燈明が法燈明であるのならば
 放恣ならずして 決定して正覚に到達する目的を完遂しようとするもの
 ダルマの帯びの上で
愛の粒子のひとつ となって
手と手を取り合って踊れ
                             これが神々の系譜である
1993.10.17  


              リグ・ヴェーダ
              アタルヴァ・ヴェーダ
  辻 直四郎訳より引用しました

 辻 直四郎(つじ なおしろう、1899年11月18日 - 1979年9月24日)は、日本の古代インド学者・言語学者で、日本におけるインド古典学研究を開拓し、業績は海外の学会でも高く評価された。
―wikipedia―
頓首して謝します