初めの初めに
1
鏡が住む冬枯れの河原
の細い流れだけが生き伝える
と思えるほどに
青銅仮面の顔底の 澄んだ空間
の静かな泉だけが生き伝える
と思えるほどに
存在の 赤い血は凝って
糸虫の蠕動となった
その綾が
かっくりひらいた目や口を縁どり
死神は言った
〝原罪と自罪
歴史の相対的な深み
の蔭に隠れるのは白身ハクシン 矮身ワイシンの餓鬼である〟
の如くに死は蒸発も得やらず
死に伝える
ことの煩わしさ いらだたしさ
との断絶を考えるのは
涙で白粉をはがしたピエロである
そのように演技にあいた
暗くて狭い舞台が厭になった
からと言って一体どこに行こうとするのか
穴倉劇場の扉を破って 外に出て昼に野の風に
ピエロの青黒い地肌の悲しさは吹き洗われて
太陽よ 照るが良い
明るい日差しにのびのびと一人
裸身をさらすがいい
青銅武人はその仮面を上げ
鼓膜の暗闇
の蜘蛛の糸の喧騒を消し去るがいい
かってのフォオヌの午睡の絢爛はないにしても
夏は甦りつつある
ニンフの軽やかさに似た暖気に包まれて
裸のピエロは眼尻に涙を残したまま眠っていた
2
なに知らぬアダムとイブ の追放の図が
壁に色褪せて懸かっているが
私はこの壁を破って外に出た
夜だった
黒い翼の鳥が空を覆って天蓋となり
暗闇は生きているように谷の間の岩の上を這っていた
その岩肌の上に暗闇にまさって鮮やかなのは
腐肉に戯れる虫等のように蠢動する
乙女の清純の白々とした肉だった
眼と眼が合い 時の流れの違いが二人の間に空隙を置き
それはヨハネの首 を抱いて嘆くのは
エロディヤアドの老いた顔だった (Herodiade)
ヨハネの首は語っていた 〝汝 手段に罪を重ねた
サロメはサロメを生み続けるだろう
そして地を支配する者 再び吾が首を断つだろう〟
サロメはサロメを生み続けるだろう
やがてヨハネの首は石になるだろう
エロディヤアドも老いた顔の中に自ら消え失せるであろう
しかし今はここに愛が生々しく対象を嘆き
この苦悩に耐え切れなくて離脱者は
祈ることも忘れて溜水の自我像を眺めていた
底浅い岩床の大杯 にたぎる浸出液
はすでに重く暗く
天蓋の闇に平行して淀んでいた
に映る自我像の瘠せて土青く
ただ若さだけが青春の面影を残す
をすら一つの安らぎとするルチフェロの哀れ
悔恨と 自らを責める誠心がルチフェロの背骨を
一本の管と化して暗天に伸び
天蓋を突き破って昼を見ていた
この管を伝わり 失せる者の渇望が
噴水となって蒼天の浄化に精一杯の手をさしのばす
そして空しく落ちて再び地の割れ目を下る
ルチフェロは凍るような吐息をした
せめて部分の救済・安楽をと念じるルチフェロの哀れ
転落天使の腰足はこの圏界の底の
鉛の池に 抜くも得やらず浸していた
物の成り固まりに魂をとらわれて
せんない濁り血のあがき 消滅への長い時を待つ
3
日輪にも似た雄々しき車
の軸が蝋燭の熔けるように熔けて
がらがらとヘルマフロディトゥスが転落した (Hermaphroditus)
からと言っても理解できるじゃないか
四に刻まれた三の強制に
本来の円者は被支配・被救済の側に置かれる
〝汝の罪は 神の偉大なる慈悲を表さんがためにあった〟
内在の愛の対象を失って しかし
「この空間」は穢れなく昔のままにあった
4
お前が過去と断絶する?
噴水が源泉を失って
ぽつねんとその出口を曝け出す
蒼天は四散して霞となり
一切が語らいをやめたかにみえる
暗闇もなくなり
哀感も腐敗もなくなる と思えるが
一体何が存在 と言えるだろうか
お前が過去と断絶する?
おお 労働するものよ その鍬を貸してくれ
地をたたく水もなく 涸れて
一羽の雀が落ちた 側に埋めて
さくさくと土を起こす
1
鏡が住む冬枯れの河原
の細い流れだけが生き伝える
と思えるほどに
青銅仮面の顔底の 澄んだ空間
の静かな泉だけが生き伝える
と思えるほどに
存在の 赤い血は凝って
糸虫の蠕動となった
その綾が
かっくりひらいた目や口を縁どり
死神は言った
〝原罪と自罪
歴史の相対的な深み
の蔭に隠れるのは白身ハクシン 矮身ワイシンの餓鬼である〟
の如くに死は蒸発も得やらず
死に伝える
ことの煩わしさ いらだたしさ
との断絶を考えるのは
涙で白粉をはがしたピエロである
そのように演技にあいた
暗くて狭い舞台が厭になった
からと言って一体どこに行こうとするのか
穴倉劇場の扉を破って 外に出て昼に野の風に
ピエロの青黒い地肌の悲しさは吹き洗われて
太陽よ 照るが良い
明るい日差しにのびのびと一人
裸身をさらすがいい
青銅武人はその仮面を上げ
鼓膜の暗闇
の蜘蛛の糸の喧騒を消し去るがいい
かってのフォオヌの午睡の絢爛はないにしても
夏は甦りつつある
ニンフの軽やかさに似た暖気に包まれて
裸のピエロは眼尻に涙を残したまま眠っていた
2
なに知らぬアダムとイブ の追放の図が
壁に色褪せて懸かっているが
私はこの壁を破って外に出た
夜だった
黒い翼の鳥が空を覆って天蓋となり
暗闇は生きているように谷の間の岩の上を這っていた
その岩肌の上に暗闇にまさって鮮やかなのは
腐肉に戯れる虫等のように蠢動する
乙女の清純の白々とした肉だった
眼と眼が合い 時の流れの違いが二人の間に空隙を置き
それはヨハネの首 を抱いて嘆くのは
エロディヤアドの老いた顔だった (Herodiade)
ヨハネの首は語っていた 〝汝 手段に罪を重ねた
サロメはサロメを生み続けるだろう
そして地を支配する者 再び吾が首を断つだろう〟
サロメはサロメを生み続けるだろう
やがてヨハネの首は石になるだろう
エロディヤアドも老いた顔の中に自ら消え失せるであろう
しかし今はここに愛が生々しく対象を嘆き
この苦悩に耐え切れなくて離脱者は
祈ることも忘れて溜水の自我像を眺めていた
底浅い岩床の大杯 にたぎる浸出液
はすでに重く暗く
天蓋の闇に平行して淀んでいた
に映る自我像の瘠せて土青く
ただ若さだけが青春の面影を残す
をすら一つの安らぎとするルチフェロの哀れ
悔恨と 自らを責める誠心がルチフェロの背骨を
一本の管と化して暗天に伸び
天蓋を突き破って昼を見ていた
この管を伝わり 失せる者の渇望が
噴水となって蒼天の浄化に精一杯の手をさしのばす
そして空しく落ちて再び地の割れ目を下る
ルチフェロは凍るような吐息をした
せめて部分の救済・安楽をと念じるルチフェロの哀れ
転落天使の腰足はこの圏界の底の
鉛の池に 抜くも得やらず浸していた
物の成り固まりに魂をとらわれて
せんない濁り血のあがき 消滅への長い時を待つ
3
日輪にも似た雄々しき車
の軸が蝋燭の熔けるように熔けて
がらがらとヘルマフロディトゥスが転落した (Hermaphroditus)
からと言っても理解できるじゃないか
四に刻まれた三の強制に
本来の円者は被支配・被救済の側に置かれる
〝汝の罪は 神の偉大なる慈悲を表さんがためにあった〟
内在の愛の対象を失って しかし
「この空間」は穢れなく昔のままにあった
4
お前が過去と断絶する?
噴水が源泉を失って
ぽつねんとその出口を曝け出す
蒼天は四散して霞となり
一切が語らいをやめたかにみえる
暗闇もなくなり
哀感も腐敗もなくなる と思えるが
一体何が存在 と言えるだろうか
お前が過去と断絶する?
おお 労働するものよ その鍬を貸してくれ
地をたたく水もなく 涸れて
一羽の雀が落ちた 側に埋めて
さくさくと土を起こす