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 親が親でなく 兄弟が兄弟でなく
 他人も他人でなく
 一切の縁がなく 一切をうちに含み
 それすら空転して やせ衰えて
 ぼろぼろになった衣服に垢は露呈して
 親羅達多は荒野を歩いていた

 風もなく静寂なるこの薄闇の空間に
 西に残る太陽の追憶は愛することの明るさ
 アカシヤの木は高く 太く
 白々の白粉 乙女のやさしさ
 親羅達多はむなしくそれらを見過ごして
 今ぼそぼそと死への入り口に来ていた
 
 親羅達多はムカデに変身する
 壁に静止した赤の硬度は白い花の群れ咲き
 無念が放心の中に硬直するからである
 そこに白髪三千丈 衣冠束帯の誠心があって
 飄々と笛は湖上の舟に鳴り
 妻の悲しむは変わり果てた洞爺合戦の死体である

 親羅達多はヘッセの庭にも迷い込んだ
 明治がかった軍服のへなへなラッパ手と破壊された砲塁
 死に絶えんとする直前の色鮮やかな観念である
 そこで轟然と滝の音が存在を帰し
 水に打たれた白衣の道者は印を切って天呼していた
 
 おお 自己の経験的イメージのみ記せとは
 親羅達多は悄然とインテリの背をすぼめた
 いや待て 腐肉 朱の殿堂と炎えさかる渇きに
 砂漠 骸髏
 の虚ろな眼腔の中の一滴の水がしたたる
 鬼女乱舞の聖杯に 聖杯の水の面に
 ああ と彼女は倒れ崩れる

 親羅達多は
 からすの竃の中で子供あがきする消化器官のように
 氷河の亀裂の中に苫屋を持った
    
    生は生に非らず
    死も死に非らず
    有は変化して流れ
    空は空に非らず
      一切に依拠あって叶わず
      真はただ慈悲のみにあった

親羅達多は春草に目覚めて静かに見返った
 水と油のように観念と物質は溶け合わないが
 今臓器の白衣にしみて童心の空におののき純潔となり
 親羅達多はただ慈悲のみを祈願した