原子核の半径は原子の半径の約十万分の一(1 fm程度)とされる
 電子は原子核のまわりに確率的に分布しており 原子核を包む電子雲とイメージされる
電子雲で包まれる十万分の九万九十九のひろがりは真空空間なのか
しかしその原子核の領域でもある

複数の原子が共有結合によって結びついたものが分子である

電子を放出して正の電荷を帯びた原子または原子団 陽イオン(positive ionあるいはカ
チオン cation)
電子を受け取って負の電荷を帯びた原子または原子団 陰イオン(negative ionあるい
はアニオン anion)
電荷を帯びた原子

 positive charge, negative charge
 an elementary particle carrying a negative char, electron
 
 フェルミ粒子 ボース粒子 複合粒子
文化系は言葉の表面をなぞるだけで 物理学者の感性は全く持ち合わせていない
 言葉の遊戯をするだけで物象的な認識は持ち合わせていない
 しかし遊戯でも時に真剣である
 第一世代としてアップクォークとダウンクォーク 電子と電子ニュートリノ
 陽電子は電子の反粒子として位置づけられる
 電子の質量9.10938291(40)×10-31 kg
陽電子の質量9.10938291(40)×10-31 kg
質量の表記そのものが読めない
「陽電子は陽子過多により不安定な原子核のβ+崩壊により生成される。もしくは、1.022 MeV以上のエネルギーの電磁波と電磁場の相互作用により対生成される」
―Wikipedia―
実証的な分析結果として説明される
文科系は理念として言語思考する
理科系の人に叱られることは承知している
「真剣な遊戯」として見逃してくれることを期待する
とくに私は頭が悪い 論理思考がすぐ行き詰って飛躍する
 
 ソクラテスは賢人である
 プラトンは聖者である
 アリストテレスは智者である
 
 ソクラテスは是非を明らかにする 道徳であり
 プラトンは澄淨な思考とその観念を明らかにする 至高善であり
 アリストテレスは論理とその概念を明らかにする 「第一動者」である

 道徳は実践的行為 神の意志
 至高善は心象的世界 神のパトス
 「第一動者」はすべての運動の究極の原因 神のロゴス
 トマス・アクィナスはこの「第一動者」を「神」であるとした

 プラスの無限数とマイナスの無限数の和の対消滅のエネルギーが「ゼロ」のなかに内包されるとしたら
 神における「ゼロ」はそのようなエネルギーにあった
 無限の可能性を持つ神のエネルギーである
 そのエネルギーが宇宙に拡がったとしたら 
 そのエネルギーの離散信号の量子化が素粒子である 粒子は認識仮型であり 不確定原理では揺らぎとして観察される

 その素粒子がアップクォーク・ダウンクォーク・電子・電子ニュートリノ そして第二世代・第三世代と分けられるとき
 数 順列組み合わせとその集合 閉じたひろがりにあるとき 原子が構成される

 現象の世界 多様性の世界への展開
 それが神のパトスの揺らぎと 神の意志である
 ホーキングの「無」の揺らぎと 重力の法則である
 「基本的に宗教と科学の違いは、宗教は権力を基本としており、科学は観察と理由を基本としている」
 ホーキングは神を排除する
 ホーキングの神の認識は宗教上の神の域を脱しなかった
 私が「神」と言うとき それは「ゼロ」であり 無限小であり無限大であり 円であり完結であり 揺らぎであり 宇宙のひろがりである
 権力などという相対的概念に拘束されるものではない

 私の第一命題はエネルギーの質量化 ヒッグス理論があるが 私の依るところはアインシュタインの 
 E = mc2 
である
光速度の二乗の乗数によってm(質量)の対生成の必要エネルギーの大きさが計算される 
そのようなエネルギーで物象世界が形成されていることを考えたことがあるか
目の前のものを壊してもそのようなエネルギーはどこにも感じられない
 ただ破壊と消滅は別次元である 具体的なこととして私が知るのは 前にも引用したが
 広島に投下された原子爆弾のウラン 235(約50kg)の核分裂で 実際に消えた質量は0.7g程度だったと推測されている
 ということである
 
ビッグバンの初期 「ゼロ」は光りとして拡散した そしてその2%(暗黒物質28% )がMass を得た
光りは光物理機能のひとつとして励起エネルギー移動と名辞される

光りは宗教上極めて大事な概念である
 プラトンにあっては究極のイデア「至高善」の輝き
 ネオプラトニズム(Neoplatonism)の創始者といわれる哲学者プロティノス(Plotinus205年? - 270年)の説は面白い
 万物(霊魂、物質)を生み出す「一者」(至高善)は光そのもの=神 「叡智(ヌース)」は「一者」を映し出している太陽 「魂」は「叡智」を受けて輝くもので月や星

 キリスト教にあっては神の愛
 仏教にあってはほとけの智慧 慈悲
 
 私が愛にあるのならば 私は光りにおいてあるだろう

 ペンギンのあの真摯な祈り

 私の意識者よ
 あなたは真空の空間の瀰漫者
 あなたはひろがりにある
 ヒッグス場でひろがりを得た素粒子は 電子 0.5 MeV トップ200000 MeV
ただし 1 MeV/c2 = 1.782 661 731 (70) × 10-30 kg
私の意識者よ
 あなたのひろがりは宇宙の真空空間のすべて

 閉じたひろがりと 開いたひろがり
 私の意識者よ
 開いたひろがり しかしそれは神の円のなかにある
 ゼロであり 無限小であり 無限大であり 無であり 完結である その円のなか

 ブラックホールをひろがりの重力中心として位置づけたが
 
太陽系の重力中心は太陽である
 光りのない惑星群の重力中心は 励起エネルギー移動として光りを放射する恒星であるが
恒星の進化の果ての赤色巨星の崩壊の跡ではなく
ブラックホールの境界が事象の地平面 (event horizon) と呼ばれる意味は
『時空の他の領域と将来的に因果関係を持ち得ない領域』として定義される意味は
物理学としての理解は私には困難である
頭の悪い私には単純に
光り輝く恒星群を生み出した母体
光り輝く恒星群の重力中心としてのブラックホールである

 光り輝く恒星群と黒のホール
対称ではない
光り輝く恒星群と 光り輝く恒星群を産み出した母の空胎である
醜いと言うのか
黒だから醜いと言うのか

母の空胎は自らが産みに出した一切を受け入れる覚悟がある
それすらも一切を飲み込むと表現するのか
ブラックホールから噴出されるプラズマジェットは 
ブラックホールの黒に対照して妖しの光りのように捉えられる
一切を飲み込んだ後の吐く息のように

ウラノスは醜い子供 キュクロプス(一つ目巨人)とヘカトンケイル(五十頭百腕)三人ずつを母なるガイアの胎内の奥深くに押し戻した
そもそもウラノス(天空)はガイア(大地)から生まれたにも拘わらず

太陽光として放射される可視光線 紫外線 赤外線
太陽光の直射を受ければ地上の生物は死滅するのだ
ウラノスよ__太陽光を生命のエネルギーに変えたのは原始の海 ラン藻植物(シアノバクテリア)である
古代人の原始の記憶はその権力構造によって変容する

神への礼拝は自然への怖れから始まった
王権が確立すると自らを神の系を引くものとして 神を己れの生活のままに描いた
神が愛となり 仏の慈悲となるのは 思い悩む者 苦しむ者 悲しむ者の救いへの祈りからである

ペンギン
やがて聖なるものへの祈り 澄み切って敬虔に立居まいを正す
やがて卵を産み 雛を孵し ただひたすらに雛を育てる