最初は、旦那が仕事を転々としていたこともあり、昔気質な父が結婚に一番猛反対していた。けれど、結婚を認めてもらってからは、今度は義母の悪評(ホコリ)が次々と出てくる。娘を心配するあまり、今度は母のほうが父以上に反対する始末だ。
ある日父から真っ直ぐに尋ねられた。
『お前はなんで〇〇と結婚したいと思ったんだ?』
私は迷わずに答えた。
『一緒にいて楽だから。』
実は私の姉も結婚に猛反対されていた。相手がバツイチであることを結婚の挨拶の瞬間まで隠していたため、父は『縁を切る!』と激怒し、姉は本当に縁を切る形で結婚して家を出ていったのだ。
我が家の父は、昭和を絵に描いたような、ちゃぶ台をひっくり返す頑固親父。絶対的な権力者だった。そんな厳しい父が、私の時は違った。なんと、自ら進んで、旦那の父と二人で話し合いの場を持ってくれたのだ。私が結婚で来たのは、間違いなく、あの不器用で厳しかった父の『父親としての背中』のおかげだった。
しかし、一難去ってまた一難。結婚の騒動が落ち着いた頃、母に病気が発覚した。
『私の結婚のせいで、お母さんにいっぱいストレスを溜めたせいだー』
目の前が真っ暗になり、私は激しい罪悪感に押しつぶされそうになった。母が病気になっても、父は相変わらず頑固で、今で言うモラハラのような態度を変えなかった。母は病床にありながらも、どうしても義母のことが許せず、私にずっと『あんな義母とやっていけるのか』と愚痴をぶつけ続けた。私が言わせてるんだ、私がそうさせてるんだ。私は母のその言葉を受け止め、心の中に澱(おり)のようにため込んでいった。
結婚してから5年の間、私達夫婦の間はどこか上手く行ってなかった。
なぜなら、私は母から『旦那には話しちゃ駄目だよ』口止めされていた義母の数々の嘘や悪行を、旦那を傷つけまいと、ずっと一人で抱え込んで隠していたからだ。
そして、母に話していいよと了解を得て言えなかったことを打ち明ける日が来たのだ。事実を知った旦那はひどく落ち込んだ。まさか、自分の親が…。『今まで本当にごめん…』
自分を責める彼を見て、私はたまらなくなり言葉を返した。
『自分の親を悪く言われて嫌な思いしないはずがない、私も嫌な気持ちにさせてごめんね。』
その事実を聞き、旦那は自分の足を力強く殴っていた。見るに堪えなかった。義母の嘘によってバラバラになりかけていた私達の信頼は、この日本当の意味で結ばれた。
結婚する時の母の条件、『両家はこれっきり一切顔を合わせない。』もう一つあったのだ。それは『子供を作らない。』
数年経ち、旦那の信頼を少しずつ取り戻してきた時、妹が母に『お姉ちゃんに子供を持つことを許してやり』と。母からその後、こう言われたと電話が来て、旦那と子供を持つ決心をする。
我が家の妹は、私が一番最初で一番古い記憶、『おぎゃあおぎゃあ』の妹だ。
妹とは2歳離れていて、3歳の時に記憶がなくなり『0歳の赤ちゃん』に戻った私は、一緒に育っていくにつれ、いつの間にか私より妹の方がお姉ちゃんみたいに。
小学生の時に母から聞いたのだが『お姉ちゃんをいじめるな!お姉ちゃんは私が守る』って言ってたそうだ。
まさかのここでまた妹に守ってもらう時が来るとはー。妹が先に結婚して赤ちゃんを産み、その赤ちゃんに会いに夫婦で行った時に、旦那が赤ちゃんを抱っこしたのだ。その時の旦那の顔は今までに見たことのない、すごく柔らかくて優しい顔だった。
その時、初めて旦
那に自分の子を抱かせたいと強く思った。