旦那は10万人に1人がなるという、なれな病気を持ってます


その病名は

【食道アカラシア】↓↓↓

胃と食道のつなぎ目に当たる部分は、開いたり閉じたりする弁の役割をしており、下部食道括約筋(Lower Esophageal Sphincter:略称はLES)と呼ばれます。LESが正常に機能することで、食物を飲み込むと食道から胃にものが自然に運ばれます。食道アカラシアでは、常にLESが収縮した(閉まった)状態にあり、物を飲み込んでもLESが緩まないため、食べた物がいつまでも食道に溜まってしまう疾患です。このため患者さんは物を飲み込みにくい、つかえた感じがする、吐いてしまうなどといった症状が現れます。

夜遅くに食事をしたあと就寝すると、口や鼻に食べた物や唾液が逆流し、枕もとが汚れてしまうといった症状がみられることもあります。また、知らないあいだに慢性的な食物や唾液の逆流をきたすことから、喘息のようなせきの症状がみられることもあります。食道の運動機能も障害されているため、食道が異常収縮を起こすことで強い胸の痛みを訴えることもあり、時には心筋梗塞と間違えるほど強い痛みを伴う場合もあります。

発生頻度は人口10万人あたりに1人程度とまれで、性差はなく、20~50代と比較的若年での発症が多いとされています。現時点では原因はよくわかっていませんが、食道やLESの神経細胞の変性・減少や、ウイルス感染などがその一因ではないかと考えられています。



夫婦揃って、病気持ち

夫婦揃って、なかなか治らない病気、てか一生のお付き合いの病気だと思ってます


舅は40代で、糖尿病を患い、右足の親指が壊死していて、姑は胃癌

結婚と同時に介護スタート

義理親は入退院繰返し、医者の送り迎えは私の仕事

下の世話から、食事の世話もしました


我が家は自営業をしてました

義理親が結婚してから、市場を経営していて、うちは果物屋をしていて、肉屋、八百屋、魚屋、食品はテナントに貸してましたが、近くにスーパーが2軒も出来て、我が家は大打撃を受け、テナントは次々に出て行き、残ったのはうちの果物屋だけ、ガランとした店内、果物屋だけのお店にはお客さんは来てくれなくなり、閉める事になりました(20年前)

この頃に姑は他界、舅は壊死が酷くなり、足を切断しなきゃならない事になってしまいました

何度も救急車を呼んで、その度に切断するしかないとお医者さんから言われ

舅は切断だけはしない!と言って、その後も入退院を繰り返しました

二男は発達障害(学習障害)で、末っ子は生まれて直ぐNICUへ入院(一ヶ月も早く生まれてしまい、黄疸と新生児感染症になってしまいました)

末っ子はその後も入退院を繰り返し、お腹には手術の跡が沢山あります

成長ホルモンの病気を持ちながら、右足と左足の長さが違います左足の方が4センチも長くて、右足の靴の中に中敷きを必ず2枚入れてます

小学校の頃は中敷きを4枚敷いてました

4センチになったら、右足の骨を切断し、1年に1センチ伸ばすボルトを入れて、4センチ伸びるまで、入院と言われてたんですが、中学生の時、とうとう4センチの差が出てしまいました

思春期の反抗期の真っ只中

「もう、病院には行かない!」と言いだし、それから病院に行ってませんが、直ぐに熱が出るし、片頭痛で、しょっちゅう頭痛薬を飲んでます

成長期にそういう体験をしてるので、物凄く健康には気をつけてます

健康の為に、幼稚園から空手(段を持ってます)、サッカー、水泳を習わしました。今は筋トレ三昧の日々ですが💪

二男は発表障害という名がまだ、世に出てなかった頃

勉強が出来ず、あちこちの病院に行きました。発達障害(学習障害)だと知ったのは二男が小学5年生の時

発達障害の学習障害という名の障害名を初めて知ってから、本屋に学習障害に関する本を何十冊と取り寄せ、読み漁りました

知的には問題ないのに、読み書き計算が出来ない

普通級でも大丈夫ですと、お医者さんから言われ、勉強は全く出来なかったけど、虐めにも遭わず、なんとか義務教育は卒業しました

高校は通信制高校に通い、その後パソコンの専門学校へ入学して、なんとか卒業

卒業してから、バイトを始めるけど、読み書き計算が出来ないから、直ぐにクビになってしまう

二男が2次障害(メンタル)を起こし始めてしまい、引きこもりになってしまいました

引きこもっても、次男のメンタルの方が大事だったので、一年間引きこませました

昼夜逆転し、ガリガリだった体はみるみる太っていき、Sサイズだったのが、XLへ

夜中にゲームをして、お菓子を食べて、歯はボロボロで、お風呂にも入らず

私達はただ見守りました(勿論、身の回りの世話はちゃんとしましたよ)

で、一年経ってから、二男に「働きたい?」と聞いたら、「働いて、お金を稼ぎたい!」と

その言葉を信じ、3人で直ぐに就労支援の事業所に行き、話を聞きに行きました

知的障害手帳がないと、就労は出来ないとの事

その足で保健所に行き、話を聞き、大人の発達障害を診断してくれる精神科を紹介してもらい、診断を受けました

あちこちの就労支援事業所へ行き、体験させてもらい、障害センターに行き、審査を受け、やっと知的障害手帳を取得出来て(取れるまで、大変でした)

障害手帳があるから、就労支援事業所に利用者さんとして、働いていましたが、根が超ーがつくほど、真面目な性格で、頑張り屋

二男の真面目さや、頑張り屋を認めてくれた事業所の社長さんが、「うちの社員になりませんか」と言ってくれて、利用者さんから、利用者さんを指導する側として正社員として、現在は働いてます

年金も払う方だったのに、障害年金を頂く方になり、お給料ももらってるので、毎月、家にお金を入れてくれてます



言いたい事は………生きていれば人生が大逆転する可能性があるって事


結婚してから、怒涛の如く時間が過ぎて

自営業の倒産、介護、育児が同時で、寝る時間もなく、夫婦揃って病気になってしまいました

離婚も何度も考えました。何度も話し合いました

[子はかすがい]と言う言葉がある様に、夫婦の絆を強くしてくれたのは正しく子供達です

辛く、苦しい時間を共にしてきましたが、今ではちょっとした事が幸せに思えるんです

旦那は食べれる幸せ(まだ、普通に食べれないけど)

私もまだ、精神科に通い、うつ病の薬を飲んでます(過去、入院を何度も言われましたが、介護もしてるし、子供4人がまだ小さいからと断りました)

普通って分からないけど、ご飯が食べれる事や、今日も生きてるって感覚が有りがたいラブ





昨日、旦那とツーリングして来ました🏍️

桜木町に行ってきました 赤レンガ倉庫

大桟橋に停泊してる(飛鳥)
  
海上保安庁

マリンウォーク
マスク😷してるので、最近はすっぴんグラサン

ハンマーヘッドで、ラーメンを食べました爆笑

真っ暗闇だった過去から、日の当たるパラレルワールドへ瞬間移動

自分のご機嫌を取り、自分を信じて、やりたくない事をやめていき、やりたい事を優先していく

よく、夫婦で過去の話をします
お互い、頑張り過ぎたね!我慢し過ぎたね!苦しい方へ、辛い方ばかり歩いて来たねって

旦那は頑張るのをやめていなかったら、死んでいたかもしれないって

私もうつ病が酷かった頃、死ぬ事しか考えてなかったから、自ら命を断っていたと思うって

生きていれば、なんとかなるもんだって

夫婦二人で、人生大逆転しました!

お互いに黒歴史があって、傷だらけだった若い頃 

お互いに病気を持ってるけど、自分に優しくして、労り、細く長く生きていこうと、私達の願いは生きる

いつまで生きれるのか分からないけど、命がある限り生きる

生きるって奇跡!!!

生きてるって、凄い事!!!


死ぬ時に後悔しない生き方をして生きていこうと思ってます





お天気がコロコロ変わる季節
どうか皆様
ご自愛下さいませ

心屋リセットカウンセラー
横浜の弓ちゃんでした

今日も読んでくれて、ありがとうございましたm(_ _)m


誤字脱字ばかりで、読みにくいですよね

ごめんなさい🙏🙏🙏


あわてんぼうで、おっちょこちょいで、ポンコツな私ですが、これからも宜しくお願い致します(◍•ᴗ•◍)❤