修験道には沢山の流派がありますが、大きくは本山派と当山派に分かれています。


当山派=真言宗(醍醐寺三宝院門跡)

本山派=天台宗(聖護院門跡)


時代によって異なるようですが、おおよそ山伏とは真言宗、天台宗の門跡寺院の管理下にあり、それぞれの地で独自性を発揮しながら発展してきたようです。


最近縁あって聖護院と金峯山寺の勤行次第を頂きました。

ここでやはりというか天台系修験の勤行は法華経が中心になっていました。

対する醍醐派の勤行式は理智不二の両界曼荼羅が中心になっているように感じます。


同じく大峰山を根本道場とする修験道であっても、山を何の曼荼羅と観るかという違いがあるのでしょうか。


当山派、本山派と分かれているとはいえ、修験道の根本的思想は同一であると思っていたのですが、精神世界において拠り所となるワールドが異なるように感じました。

不二の曼荼羅か、法華曼荼羅か

或いは明治維新の折に徹底的に破壊された修験道が再興する過程で、それぞれの母山の影響がさらに強く出たのかもしれません。

(突き詰めれば、一行者が修行する各霊山がその方のワールドなのでしょうが)


聖護院、金峯山寺ではそれぞれ寺門派、山門派という法流の違いもあり、同じ天台系とはいえやや異なりますし、そもそも金峯山寺は歴史的経緯もあって独自色があるような感じがします。


いずれにせよ、三寺ともに大変尊い法流を脈々と継承されている総本山であります。


諸先達のご指導を仰ぎながら、日本宗教の淵源たる修験道を学びたいと思っています。


余談ながら、これまで自分の中には法華経は普門品を除き全然インストールされていませんでした。

いろいろあって諸経の王とされているにも関わらず近づくのが怖かった時期があるのです。

これを機に読誦させて頂けること幸甚です。

(修験懺法、本当に素敵です)


あぁ、山にいきたい。


南無修験開祖神変大菩薩

南無修験中興理源大師

南無大師智慧金剛


合掌

シロ