藤原陽介 おてんとさまBlog

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ネットでの誹謗中傷、辛辣な言葉、犯人探し、黒か白か、正しいのか間違えているのか、善か悪か。

ショッピングモールで見かける風景。親が子に叱っている。子どもの手がちぎれるほど引っ張っている、手を出して叩く。子どもには親が名付けた名前があるはずなのに、「おまえ早くしろよ!もう腹が立つ!」などと怒っている。

今は、イライラしている人が多いのだろうか。
確かにそうかもしれないが、それだけで片付けるのは何か違和感がある。そしてまた、イライラを肯定する人は、おそらくそれは自分の問題ではなく、他人や置かれた環境のせいにするだろう。

世の中の、様々な出来事を、毎日の風景を、日々の言動を、20年以上前のドラマのこのセリフをフィルターにして、心の目で見てみたい。

そこに愛はあるのか

本当の愛とは、見返りを求めないものだ。こうならないと嫌だ、という感情は、本当に愛なのだろうか。それは取引ではないだろうか。

今の時代は、とても愛に飢えているように感じる。それは、気分で怒られたり傷つけられる人たちよりも、怒ったり傷つけたり非難したりしている方に。

あるものにはさらに与えられ、ないものはさらに奪われる

愛を得るには、愛を与えることだろう。自分に、他人に。

そこに愛はあるのか

この言葉を今一度、生活の中に、人生の中に、言葉や行動の中に、見直して見たいと思う。
生きてれば、思い通りにいかないこと、たくさん出てくる。

こんな自分なのかとか、なんで自分がとか、こんなことになるはずなかったとか。

それもこれも、全部ひっくるめて、運命。

あーだこーだ言わず、全部背負って、腹決めて。

運命を乗り越えていくには、乗り越えた先の自分を信じること。

どんな運命も、自分の魂を成長させるためにあるんだという、根拠のない、神の愛を感じること。

乗り越えられない運命なんて、用意されないから。それだけの力を持ってる人間なんだから。


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運命なんかに負けるな。

天が定めた運命に、自分の意思と覚悟を持って。

涙流して、鼻水垂らして、かっこ悪くても気にするな。

世間なんて気にするより、天を相手にしとけばいい。自分の命、自分の魂の方が、優先なんだよ。

運命はな、どんな意味があるんですか?って問いかけるもんじゃない。

どんな意味を見出すか、運命に問われてるんだよ。

そこに愛がある。

運命に負けない。

それだけで、大したものだ。
がんばるって何なんでしょうね。
がんばると、時に希望が見えてきたり、時にしんどくなってしまったり。


良いのか悪いのか、分からない時がある。



頑張るは、頑なに張る。



何をそんなに頑なにならないといけないのか。
もちろん、譲れないものはある。

でも、それに自分の心を操られていないだろうか?


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最近、がんばらなくていいって本がたくさん並んでいます。


個人的には、がんばるのは大好きです。
でも大してがんばってない。


がんばっているように見られることもあるけど、


本当は


楽しんでいる。


楽しむという意思と本能のもと、がんばっている。


がんばるのが悪いこととは思わないし、がんばるのは素晴らしいことだと本気で思う。


でも、本当に自分の魂が喜ぶことに、素直に耳を傾けて、それに従っていれば、頑張ってる感覚がない。



顔晴ってるだけ。



頑なではなく、もっと自然な自分。もっと柔軟で、忙しくとも精神的な疲労感はない。


心が頑なになっている時、カチカチになってしまっている時、もっと心を弛ませる。



ゆるますは、許ます。



自分を許し、他人を許す。
自分を受け入れ、他人を受け入れる。
自分を肯定し、他人を肯定する。



完璧主義をやめて、不完璧主義になる。



人間だから、完璧なんてありえない。完璧にできることも、完璧な人もいない。

不完璧だから、完璧に向かう中で、人間が磨かれ、魂が成長する。


話が逸れたけど、がんばっている時、何かに頑なになっていないか、完璧主義でいないか、心がカチコチになっていないか、チェックしてみてもいいと思う。



心を弛ませること。そして許ませること。



その時、頑張りが、顔晴り変わる。


 

死にかけてわかったことがあるんですよ。それは「人は必ず死ぬ」ということ。非常に簡単なことですね(笑)

 

人生二度なしで、みんなあっという間にあの世にいってしまう。

頭では分かっていてもなかなか実感することは難しいですけどね。

 

海外では「メメント・モリ」といって骸骨をモチーフにした絵なんかを家に飾っていたりしますが、これは「人はいつか死ぬのを忘れるな」って意味で、だから「いつか死ぬんだから、もっと生を楽しもう」ってことなんですよね。

 

じゃあ「人生を楽しむ」って何ですか?ってことなんですけど、答えは私にはよくわかりません(笑)人それぞれ幸せだと感じることは違うし、楽しいと感じることは違うかもしれませんからね。

 

それで私自身が思っているのは、「遠慮して生きるな」ってことを思っています。

 

他人や世間の目を気にして、やりたいこともやらないで死んでいく。それって楽しくないんです。生まれてきた喜びを、もっともっと味わって、しっかり生きて、しっかり死ぬ。私はそういう生き方をしたいなと思います。

 

 

 

生きていると、守らないといけないことが出てきます。仕事も家庭も守らなくちゃいけない。でもその時に、自分を押し殺していませんか?本当の自分をもっと出して生きたいと、心の奥底で思っていませんか?

 

幸せはビスケットと同じで、自分が幸せじゃなきゃ人に幸せを分け与えることはできません。だから、誰かの幸せではなく、まず自分が幸せになること。その時に、自分を押し殺していたら、きっと幸せじゃないと思うんですよね。

 

だから遠慮しないで、もっと自分を出して生きていきましょう。

本当はその方が、自分の魅力が出て、人に喜んでもらえて、自分も幸せになれる生き方なんだと思います。

 

一度きりの人生だから、遠慮せず、思いきり自分の花を咲かせて、これからも生きていきましょう。