ほんとに先ほど起きたことです。
長女は宿題を、なかなかやりません
「遊んで帰って来てからやる。」
というセリフを何度も聞いて、帰宅してからのんびりする長女に宿題を促すと…「いちいち言わないで
」と怒られます
理不尽極まりない…。
2~3日前、長女に『宿題をちゃんとしないなら、お出かけに連れて行かないよ』と、ばぁばの外出に同行できなくなる事を告げたそうです。
すると翌日から宿題をしていました。
そして今日、一緒に外出して行きました。
私はですが、宿題にご褒美がつくこと自体に納得できません。
そもそも宿題は【やるべきこと】であって、【やったらご褒美があるもの】であってはならないと思っています。
ご褒美があれば、やる気になることは良いですが、1度やれば継続しなければなりません。
大人の負担がどんどんエスカレートしていく事は目に見えている。
今はまだ長女だけですが、この先というか来年は次女、さらに長男と次男…。
1人が2人に、2人が4人に…となるのです。
2人になったから無理、は通用しない。
長女からすると、『前はやってくれたのに、何で(次女)がいたら出来ないの
』と思ってしまう瞬間が必ず来ます。
私は、それが嫌なのです。
目の前の事をやらせるためなら、お菓子くらいで良い。
規模が大きいものを用意したら、どんどん満足できる事がエスカレートしていく。
これを危惧しての外出反対だったのですが、ばぁばと主人から私がすんごい責められました。
『やる気を削ぐようなことをするな』
『子どもに自分の理想を期待するな』
『やる気になるなら、いいじゃないか』
『じゃあ毎日ちゃんと宿題させろ』
私の理想を子どもに期待なんかしていません。
そんなものしたところで、良い意味で【子どもは他人】です。
別の人間であるのですから意思があります。
子どもは親の人形であってはなりません。
ですが、『~がいるから出来ない』と、互いを疎ましく思う状況を作りたく無いのです。
特に長女はきょうだい唯一の健常児。
これから先、きょうだいの状態で嫌な思いをする事が出てくると思います。
だからこそ長女には【きょうだいに障がいがあるから】という事を理由にしたくないのです。
みんな同じように楽しめる事を支えにすれば良い。
じぃじとばぁばが、ずっと分け隔てなく子どもを連れて行けるのであれば、してくれても良いのです。
むしろ、ありがたい話し。
ですが2人は無理だ、とよく言うし続けられるとは到底思えません。
下の子ども達は【じぃじとばぁば、一緒に】を見ているのに、この先はどうするんだ、と私は考えてしまいます。
以前に『特別感は必要』と書いた事もありますが、その特別感はじぃじとばぁばに背負い続ける事が出来るものではない事を分かって欲しかったのですが…。
宿題を毎日ちゃんと…と言われましたが、夕飯を作りながら長女の宿題も見て、下3人の様子も見て、と現在しています。
長女にベッタリ付いて宿題を見てやることは状況的に不可能なのです。
本読みなどの相手をばぁばにしてもらう事が多いのですが、ばぁばは「なんで私が宿題を見てやらないといけないんだ」と言います。
だからと言って、ばぁばにご飯を頼むと今度は主人が「仕事もしてないのにご飯くらいなんで作れないんだ」と言います。
どのみち私が責められるのですよ…。
どちらからも求められるばかりで、私が1人でバタバタして…私が責められてそのまま…です。
納得できねぇ…。
私がご褒美ほしいくらいだわ…。
長女は宿題を、なかなかやりません
「遊んで帰って来てからやる。」
というセリフを何度も聞いて、帰宅してからのんびりする長女に宿題を促すと…「いちいち言わないで
理不尽極まりない…。
2~3日前、長女に『宿題をちゃんとしないなら、お出かけに連れて行かないよ』と、ばぁばの外出に同行できなくなる事を告げたそうです。
すると翌日から宿題をしていました。
そして今日、一緒に外出して行きました。
私はですが、宿題にご褒美がつくこと自体に納得できません。
そもそも宿題は【やるべきこと】であって、【やったらご褒美があるもの】であってはならないと思っています。
ご褒美があれば、やる気になることは良いですが、1度やれば継続しなければなりません。
大人の負担がどんどんエスカレートしていく事は目に見えている。
今はまだ長女だけですが、この先というか来年は次女、さらに長男と次男…。
1人が2人に、2人が4人に…となるのです。
2人になったから無理、は通用しない。
長女からすると、『前はやってくれたのに、何で(次女)がいたら出来ないの
私は、それが嫌なのです。
目の前の事をやらせるためなら、お菓子くらいで良い。
規模が大きいものを用意したら、どんどん満足できる事がエスカレートしていく。
これを危惧しての外出反対だったのですが、ばぁばと主人から私がすんごい責められました。
『やる気を削ぐようなことをするな』
『子どもに自分の理想を期待するな』
『やる気になるなら、いいじゃないか』
『じゃあ毎日ちゃんと宿題させろ』
私の理想を子どもに期待なんかしていません。
そんなものしたところで、良い意味で【子どもは他人】です。
別の人間であるのですから意思があります。
子どもは親の人形であってはなりません。
ですが、『~がいるから出来ない』と、互いを疎ましく思う状況を作りたく無いのです。
特に長女はきょうだい唯一の健常児。
これから先、きょうだいの状態で嫌な思いをする事が出てくると思います。
だからこそ長女には【きょうだいに障がいがあるから】という事を理由にしたくないのです。
みんな同じように楽しめる事を支えにすれば良い。
じぃじとばぁばが、ずっと分け隔てなく子どもを連れて行けるのであれば、してくれても良いのです。
むしろ、ありがたい話し。
ですが2人は無理だ、とよく言うし続けられるとは到底思えません。
下の子ども達は【じぃじとばぁば、一緒に】を見ているのに、この先はどうするんだ、と私は考えてしまいます。
以前に『特別感は必要』と書いた事もありますが、その特別感はじぃじとばぁばに背負い続ける事が出来るものではない事を分かって欲しかったのですが…。
宿題を毎日ちゃんと…と言われましたが、夕飯を作りながら長女の宿題も見て、下3人の様子も見て、と現在しています。
長女にベッタリ付いて宿題を見てやることは状況的に不可能なのです。
本読みなどの相手をばぁばにしてもらう事が多いのですが、ばぁばは「なんで私が宿題を見てやらないといけないんだ」と言います。
だからと言って、ばぁばにご飯を頼むと今度は主人が「仕事もしてないのにご飯くらいなんで作れないんだ」と言います。
どのみち私が責められるのですよ…。
どちらからも求められるばかりで、私が1人でバタバタして…私が責められてそのまま…です。
納得できねぇ…。
私がご褒美ほしいくらいだわ…。