山路を登りながら、こう考えた。

 智に働けば角が立つ。情に掉させば流される。

 意地を通せば窮屈だ。兎角に人の世は住みにくい。

 

これは誰もが知る夏目漱石の有名な『草枕』の冒頭の一節である。

さすが漱石だ。一度読むとすぐに暗唱したくなるほどの流れるような

名文である。この冒頭に続く次の文章も素敵だ。

 

 住みにくさが高じると、安い所へ引き超したくなる。どこへ越しても

 住みにくいと悟った時、詩が生まれて、画が出来る。

 

『草枕』は私の地元熊本が舞台であるだけに、数多くの漱石の作品の

中でも特に好きな作品の一つである。今は「草枕の道」として観光ルート

にもなっているそうだが、私は高校生の頃この作品を読んだ後、どこ

まで作品を理解出来たかは別として、文庫本を片手に草枕の道を

辿ったことがある。

当時はまだ舗装もない草深い山道であったような気がするが、漱石と同じ

道を歩いていると思うと、なにか誇らしいような気がしたことを覚えている。

今度帰省した折には、またあの山道を歩いてみたいと思っている。