1月31日はワイフの誕生日だった
家族がひとつ屋根で生活していた時は
子供や孫を合わせて9人もいたので
毎月のように誕生会をしていたような気がする
プレゼントも次回は自分だと思うと
それぞれが工夫して頑張ったもおだった
世帯が3つに分かれてからは家族それぞれが必然的に祝うようになったのだが
東京に薬学生している孫が
ケーィを持参、母親(次女)を伴ってやってきた
ワイフの感激は筆舌には足りないほどだった
母親が勤務の時はワイフが母親代わりの時代が長かったこともあり
喜びはひとしおだったのだろう
この年になるまでの来し方は決して平坦とはいえないが
そうした苦労の積み重ねが
こうした至福の時を与えるのだとつくずく思った
