娘が一歳になる頃にはデパートで購入した服しか着せない。

ショッピングセンターでは、子供のカートには乗せない。

公園では、ブランド物を着ていない子供とは遊ばせない。

おもちゃは手に入りる物は限りなく買い与えた。

二歳の頃

英語、なぎなた、ピアノ、スイミング、お習字を習わせ始めた。

全ては娘の為だと疑わなかった。

娘は、私の思うように育ち、周りで子育ての悩みを聞くと、意味がわからず長女が素晴らしい子供にしか思えなかった。

すでに小学低学年の時には、どこかの教育本で得たすり込み教育で娘には


「医者になりなさい!医者になればお金も入るし幸せになれるよ!あたなは医師になれば幸せになれるよ」そればかりを叩き込んでいた。

なぜ医者がよかったかは私以外の兄妹がやはり、東大を受験する様な立派な大人になり、周りに医者や弁護士がたくさんいて、お正月に実家で顔を合わせば高学歴、高収入、海外の話ばかり、わたしは憧れでしかなかった。

しかし、その、何年か先に高学歴だから、幸せになれるをくつがえされる事件があるとは思ってもいなかった。

ただ、娘たちを自分の様には育てたくはなかった。