ネット上で話題になった、医療界騒然のマンガ『脳外科医 竹田くん』。主人公は口だけうまく、やたらと手術をしたがるが、手術はミス続き。そのモデルになった医師本人が初めて口を開いた――。

Xさんの母(当時74歳)がA医師の執刀で受けた手術について、詳しく報じる前編記事はこちら:【独占スクープ『脳外科医 竹田くん』モデルの患者が初証言…「脊髄がドリルに絡みついた」痛ましい手術ミスの一部始終】

「手術禁止」を言い渡されるも…


 のちに赤穂市民病院が外部の有識者に依頼してまとめた「ガバナンス検証委員会報告書」などにもとづき、A医師の関与が疑われる医療事件を時系列順に総覧したのがこちらの図表だ。

 報告書や地元紙「赤穂民報」などの報道によると、A医師はXさんの母を執刀した翌月にも、75歳男性の脳腫瘍の手術、84歳女性の脳梗塞のカテーテル治療を担当したが、ともに術後に重い脳梗塞や脳出血を起こし、亡くなっている。この時点で合計8件もの医療事故に関与していたA医師は、病院から「手術・カテーテルなどの侵襲的(患者の体を傷つける)治療の中止」を指示された。

 その後の経緯は、記事の後半でもA医師の主張とともに触れるが、Xさんとその母に訴えられたA医師は、それから1年あまり経った2021年8月に赤穂市民病院を依願退職。ほどなく、前編記事で触れた大阪市の医誠会病院に勤務し始めた。

 新たな事件が起きたのは、昨年1月のことだ。当時90歳の男性が、入居していた施設で新型コロナウイルスに感染し、医誠会病院へ入院することになった。その受け入れを担当したのは、ほかでもないA医師だった。

 この男性の長女で看護師の50代女性、Yさんが語る。

 「慢性腎不全だった父は、毎週火・木・土曜日にHD(血液透析)という透析治療を受けていましたが、そのおかげで元気で、その日もコロナの症状はなく、自分で荷造りをして救急車を待っていたほどでした」(Yさん)

 Yさんの父が医誠会病院へ搬送された1月7日は土曜で、透析の予定日だった。普段通う病院がコロナ感染者の透析に対応できないため、隔離も兼ねて大きな病院へ入院することになったわけだ。

診察すらされなかった

 だが、救急患者を担当していたA医師は、理由はわからないが「今日中に透析治療が必要」という前の病院からの申し送りを確認しなかったようだ。当時のカルテにA医師はこう書いている。

 〈どういう適応で入院との判断となったかは不明です〉

 連絡がないため、心配したYさんが病院へ電話をかけると「医師は忙しいので電話に出られません。病状と治療についての説明はできません」などと言われ、一切説明はなかったという。

 「父にコロナの治療をしたのかどうかについても何も説明を受けていないのに、9日の夜10時すぎになって『容態が急変したので病院へ来てほしい』と突然電話があったのです。駆けつけたときには、父は心肺停止に陥って蘇生処置を受け、人工呼吸器につながれていました」(Yさん)

 Yさんは翌日、救急科部長の医師に急変の理由を尋ねた。しかしその医師は「私はその場にいなかったのでわからない」と言うばかり。さらに翌日の1月11日、Yさんの父は帰らぬ人となった。

 後日、Yさんがカルテ開示を請求したところ、入院後の透析治療が行われていなかったことがわかった。カルテはほとんど白紙だったという。

 「そもそも90歳のコロナ患者なんですから、リスクが高いことはわかるはずだし、家族への連絡も緊密にして然るべきです。それなのに、カルテを見ると診察すらされていない。

 加えて、病院側の希望で開いた昨年6月の説明会では、病院側が突然『1月9日にCHDF(持続緩徐式血液濾過透析)という透析治療はしました』と、開示されたカルテになかったことを主張し始めたんです。

 『維持透析を7日にしなければならなかったのに、なぜ二日も遅れた9日に特殊透析に変えたんですか? 医学的に説明してください』と私が言ったら、病院側は何も答えませんでした」(Yさん)

 簡単に言うと、Yさんの父が日常的に受けていたHDと、主に急患に施されるCHDFは、同じ透析でも別物だ。そのため、自身も医療従事者のYさんは「CHDFを行ったからといって、透析をしたことにはならない」「適切な透析治療を受けさせなかったために父は亡くなった」と指摘・主張しているのである。

元上司を「パワハラと暴行」で訴えた



 今年2月5日、Yさんは医療法人医誠会を相手取り、約4960万円の損害賠償を請求する民事訴訟を起こした。訴訟提起がテレビなどで報じられた直後、Yさんのもとには「90歳の高齢者が亡くなったにしては、賠償金が高すぎる」という批判が多く届いたというが、事件の経緯や遺族の思いを鑑みれば、法外な請求ともいえないだろう。

 前述の通り、A医師は2021年夏に赤穂市民病院を退職しているが、手術などの中止を指示された2020年3月からおよそ1年間は「脳外科の一室に閉じこもるなど、普通でない行動が目立った」(赤穂市民病院関係者)という。

 さらに、2021年と2023年には、赤穂市民病院での元上司である診療科長のB医師から「長時間叱責されるパワハラや、殴られたり、病院の階段から突き落とされたりする暴行を受けた」などとして、B医師を刑事・民事の双方で訴えている(刑事は不起訴)。

 現在、A医師は大阪府内の別の総合病院に勤務する。本誌記者との電話でこう語った。

A医師が初めて語った



 「今、私を雇ってくれている病院は私を信頼してリスクをとってくれているので、迷惑をかけたくない。ですから、今は何もお話しできません。

 ただ、世間で出回っている話は、事実無根のことが多すぎます。赤穂市民病院は相当に汚い病院で、私は裏側を色々と知っています。裁判が進めば、びっくりするような話も出てくるでしょう。

 直属の上司(B医師)には、都合の良いように事実をねじ曲げられ、信頼していたのに裏切られた。そもそも手術は私一人でできるわけではありません。問題を私一人に押し付けているんです」

 なお、本誌が一連の事件にかかわる各医療機関に取材を申請したところ、赤穂市民病院は「係争中の事案に影響する可能性があるため、お答えは差し控えさせていただきます」と回答し、医療法人医誠会とA氏が現在勤める病院は、いずれも回答自体を拒否した。

 私は陥れられた――。A医師はそう語る。その主張の当否はこれから裁判で明らかになるはずだが、いずれにせよ、失われた患者の命や健康はもう二度と戻ってこない。