す新宿にある、大きなビルの3階のワンフロアに、ミコトはいた。

まさか、こんな大きなビルに矢谷の探偵事務所が存在するとは思っていなかった。

ミコトは高そうな赤いソファに腰掛けながら、応接間を見渡した。
大きな部屋、高そうな絵、そして高そうな机にソファ。
そして、先程矢谷が入っていった、ドア。おそらくそちらの部屋で業務をするのだろう。
「それにしても、矢谷さん遅いな……」
ちょっと取ってくるものがあると、5分前に出ていったきり、帰ってこない。
それに加え、先程のカフェの一件いらい、携帯がまったくもって、鳴り止まない。おそらく、同級生からだろう。
矢谷にはまだ電話には出るな、と言われたが……。
ミコトがウズウズしていると、ドアが開き、中から矢谷が出てきた。彼の手には、何やら茶封筒が抱えられている。
「おー、お待たせ」
そう言うと矢谷は、ミコトの目の前に腰掛けた。
そして
「非通知から連絡きたら、この紙のとおりに話して」
と、茶封筒の中から一枚の紙を取り出した。ミコトはそれを受け取るのと同時に、矢谷に質問をした。
「これが終わったら、紙も私も、かえしてもらえるんですか?」
すると、矢谷は笑顔で頷いた。
「もちろん。これが終わったら、君も紙もかえしてあげるよ」
ならば、とミコトは携帯を取り出した。
そして、数分待つと非通知から、電話がかかってきた。
ミコトは矢谷の支持どおり、電話に出る。
「もしもし……」
『もしもし?』
何だかおかしい声。おそらく、ボイスチェンジャーで声を変えているのだろう。
矢谷に渡された紙に書いてあるとおり、ミコトは録音ボタンを押した。
「どちら様でしょうか?」
『それは、あなたには言いたくない』
「えっと、じゃあ何か御用ですか?」
『さっき、アナタ犯人を知ってるって言ったそうだね』
「………それが、どうしましたか?」
『本当かね?』
「……はい」

ミコトは紙を見ながら、返答をしていく。すると、矢谷がミコトの携帯をスッと抜き取り、いかにも頭の悪いチャラ男のような口調で喋り始めた。
「なあ、もうこんな茶番よしましょうや」
『だ、誰だってアンタ!?』
「アンタの正体を知ってる者だよ」
矢谷はソファにふんぞり返りながら言った。
ミコトは急に携帯を抜き取られ、アタフタする。
すると矢谷は口パクでミコトに言った。
『演技下手すぎ』
こいつ……自分が支持したくせに……。
ミコトは腹の底から怒りがこみ上げてきたが、なんとか怒り狂うのは我慢した。
矢谷は、続けた。
『わ、わたしの正体!?』
「うんうん。知ってる知ってる。アンタが雪乃とかいう子を殺したこともぉ、彼女と良からぬことをしていたことも」
『?!』
「んで、こっからが本題なんだけどさぁ、もしこのことバラされたくなかったら午前0時に100万持って学校の前に来て……あ、学校ってのはアンタが毎朝行く学校のことね」

そう言うと、矢谷は通話を切った。ミコトは、唖然とする。
「もしかして矢谷さん、私を訪ねる前から犯人わかってたんじゃありません?」
すると矢谷は満面の笑みで
「うん、もちろん」
と答えた。
「じ、じゃあ私必要なかったんじゃないんですかね!?」
叫ぶミコトに矢谷は「いやいや」と顔の前で手をふった。
「君のおかげで疑問が確証にかわったんだ。決してあの行為は無駄ではなかった」
「えぇ……」
ミコトは呆れてものもいえない。しかし、矢谷は続けた。
「じゃあまあ、取りあえず紙は返すし君も帰すよ。また何かあったら連絡する」
そう言って、矢谷はミコトを連れてビルを出た。
「この分なら、まだ沢山余罪がありそうだな」
歩きながら矢谷がそう言ったのを、ミコトは聞き逃さなかった。