ミコトが車に乗り込んで数分、ミコトと矢谷はとある系列カフェの駐車場にいた。
ミコトは、矢谷が車にロックをかけるのを確認したあとで、彼に話しかけた。
「それで、何すればいいんでしたっけ?」
矢谷は「ああ」とつぶやき、ミコトに言った。
「まず、店内に入ったら、クラスメイトの集まる席へいけ。そこで、店内中に響く大きな声で『私はあの事件の犯人を知っている。警察に言われたくなければ、明日までに私に連絡しろ』的なことを叫んでもどってこい」
「じゃあ、その後あの紙を返してもらえるんですかね?」
ミコトの質問に、矢谷は「うーん」と首を傾げた。
「え、なんですか」
ミコトは眉をひそめたが、矢谷は首を傾げたまま、ミコトに手で、早く行くように促す。これ以上追求するのは無理みたいだ。
ミコトは小走りで戸口まで走って行った。


店内に入ると、平日なのもあってか人は少なく、すぐにクラスメイトたちを見つけることができた。
「本当にクラスの皆がいる……」
ミコトは矢谷の情報収集能力に感心するのと同時に、恐怖を抱いた。

「いかがなされましたか?」
そうこうしているうちに、たたずむミコトを不審に思った女性店員が、カウンターから出てこちらへ来た。
ミコトは驚いて一瞬悲鳴を上げかけたが、飲み込んで笑顔で答えた。
「いえ、連れを探していただけですよ」
「失礼しました」
女性店員はそう言って、カウンターへともどった。

ミコトは改めて、クラスメイトたちを見た。
先程クラスメイトが死んだ者たちとは思えないほど、明るく盛り上がっている。その輪の中には、幼馴染である真里の姿もあった。
「い、行くか……」
ミコトは嫌がる身体を奮い立たせて、一歩、一歩、力を込めてと歩き出した。
緊張で、心臓が異様なまでに波打っている。
落ちつけ、落ちつけーー。
そしてクラスメイトたちの前までつくと、ミコトは支持どおり、店内に響き渡るような大きな声で叫んだ。
「わた、私は今日の事件の犯人を知っている!警察に言われたくなければ、明日までに私に連絡しろ!!」
多少棒読みになったが、これで任務は果たした。
ミコトはいうが早いか、店を飛び出し矢谷の待つ車まで全力で走った。

見ると、矢谷はもう運転席におり、エンジンがかけられている。

ミコトは矢谷に目配せをして、車の後部座席に乗り込んだ。
その瞬間、矢谷は車を発進させた。
 

そして、クラスメイトたちのいるカフェが遠ざかる中、矢谷は愉快そうに言った。
「君、案外演技下手だね!」
「え、き、聞いてたんですか?」
ミコトは目を見開いた。あのカフェに、矢谷は一歩も入ってないはず。なのに、なぜミコトの叫びの感想を、見てきたかのように語るのだろう。
矢谷はそんな驚くミコトをミラーで確認しながら、言った。
「さっき盗聴器しかけた」
「え?いつ……どこに!?」
ミコトは慌てて服をまさぐった。
「襟」
「え?」
ミコトは動きを止めた。
「襟ん裏」
「……」
ミコトは笑いをこらえてプルプル震える矢谷に怒りを覚えながらも、襟の裏を確認した。すると、確かに黒くて小さなプラスチックの塊が。
「何でこんなんつけたんですか」
ミコトは塊を握りつぶしながら、矢谷に聞いた。すると矢谷は淡々と
「ちゃんと支持どおりやってくれるか、気になったから」
と言った。
「はあー」
ミコトは盛大なため息をついた。
もう、やだ。早く帰りたい。
「……帰りたいと言えば、あの……紙はいつ返してもらえるんですかね?」
「紙?……ああ、あれね。悪いけど、君にはもう少しばかり協力してもらいたいから、終わったらね」
「は?」
聞いていない。全く持って、聞いていない。
ミコトはてっきりカフェでの一件にだけ、協力さえすれば解放されると思っていた。
しかし、思い返してみれば、カフェの一件が終われば返すと、彼は明確に言っていない。

「なんたる、不覚……」
ミコトが頭を抱える中、矢谷は唐突に言った。
「そういや、携帯今もってる?」
「え?」
ミコトは首を傾げた。
「いや、一応持ってますけど……なぜ?」
すると矢谷はそれを無視し、ハンドルを思いっきりきった。ミコトは予想だにしない揺れのせいで、頭を思いっきりぶつけてしまった。
「な、何?」
「携帯持ってるなら、目的地変更」
「え?」
「これから、僕の事務所に来てもらう」
「え?」
ミコトは慌てた。
「え、家に帰してもらえないんですか!?」
そんなミコトとは打って変わって、のんびりと矢谷は答えた。
「うん」
「じゃ、じゃあいつ、帰れます?」
「それはぁ……犯人しだい、かな?」
「そんなぁ」
ミコトは頭を抱えた。
「大丈夫大丈夫。僕は君に、性的な意味で関心はないから。安心して」

ハハハと笑う矢谷に、ミコトは盛大なため息をついた。