ミコトはリビングのソファにふんぞり返る青年に、淹れたての紅茶を出してやった。


「それで、なんで私があなたと山本雪乃の事件を捜査しなくちゃならないんですか?」
ミコトは、いらだちを押し殺しながら、青年にきいた。
それに対して青年は、意気揚々と語りだした。
「いやあね、実は僕は探偵でね」
「それは、さっき言ってましたね」
ミコトは青年の向かいのソファに腰を下ろしながら、先程、玄関で行われたやり取りを思い出す。

「うん、そうそう。改めて自己紹介させていただきますと、僕の名前はヤタニ ケン。私立探偵さ」
そう言って青年はミコトに名刺を差し出してきた。そこには大きく【矢谷探偵事務所  所長  矢谷健】と記されていた。ミコトはそれを、ズボンのポケットにしまった。
その一連の動作を終えると、青年は語りだした。
「実は今朝方、山本雪乃の両親がうちの事務所に来てね。娘の死の真相を知りたいって訪ねてきたんだ。話を聞くと、警察は死体を見て早々に自殺と決めつけたらしい。それが気に食わない両親は、娘が死んでから半日も経ってないって言うのに僕に依頼してきた」
そこまでいうと、矢谷は紅茶で喉を潤し、続けた。
「依頼内容は、殺人犯の早期発見。期間はなんと短い2日間。そこで僕は急いで山本雪乃の交友関係を探った。そして出てきたのが、君だ」
「私?」
ミコトは首を傾げた。
「とぼけるなよ。君の周りで殺人が次々と起こっているのは調べがついてる。そして、君の殺人についてもね。だから君はこの役に適任なんだ」
そして矢谷はおもむろに、懐から一枚の紙を取り出した。その紙に、ミコトは見覚えがあった。というより、この紙はミコトの寝室に厳重にしてしまってあったものだ。これが、矢谷の言う「殺人の証拠」というやつだろう。
「……」
ミコトは危機感を感じた。
そして、矢谷は紙を懐にしまいながら、言った。
「ーーで、つまるところ、君には囮になってもらいたい」
「おとり?」
ミコトは矢谷を見返した。矢谷は、頷いた。
「そう、これから君は期間限定の囮になってもらう。もちろん、報酬は払うしこの証拠も返させていただく」
「……囮って、何すればいいんですか?」
ミコトは聞いた。
すると矢谷は意気揚々と言った。
「これから開かれるクラス会に乱入して、『私は犯人を知ってる!証拠だってある!これを今から警察に持っていく!』って叫んでくれ。それだけでいい」

「それだけって……そもそも、なんでクラス会があること知ってるんです」
クラスメイトのミコトでさえ、真里に聞いて初めて知った。それなのに、この男はどうやってこの情報を仕入れたのか。
しかしそれを矢谷は無視して続けた。
「確かもう始まってるんだよな……よし、行こうか」 
「え」
「丁度制服のままみたいだし?そのまま行こうか」
「え」
そしてミコトは言われるがままに、家から引きずり出され、矢谷の物だという黒のワンボックスカーに乗せられた。 
「よしよし、計画通り。この分ならすぐに犯人がわかる」
矢谷はハンドルを握りながら呟いた。
ミコトは助手席で困惑しながらも、取りあえずこの仕事が済めば、あの紙が返ってくるという事実に安堵していた。
それと同時に、この怪しい男に紙切れ一枚で言いなりになる自分がとても恥ずかしく思えた。