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なんだか色々感じた。

なんともモヤッと、酷くドロドロした部分が表に出てきてしまっていた。ウインナー薄いの皮の裏みたいのが表に出てしまって、風にあたればヒリヒリしてしまう。
けれど、人が変わったのではなく、果てしなく自分自身なのだ。普段よりも自分自身。
ヒリヒリ…いやいつもの日常なのに、それは自分に直に触り、ビリビリする。手は震え、呼吸は浅くなり、絶対不可欠な道具『愛想笑い』でさえ出来なくなってしまう。
この仕事についている事が不安でたまらなくなる。
酷く自分を傷つけながら、それ以上に人に悪意を持ってしまう。全てに陳腐な悪意のあるシナリオを書いてします。

そんな時に出た旅行。
出会ったものは全てグチグチに膿んでいた自分にとって優しかった。
大きな山に澄み切って冷たい空気、ぬける空に低い雲、人の少ない大きな道に、見える人に興味の無い人達、熱い風呂に、味の優しい美味しい食事、趣味にフィットするとびきり綺麗なのにどこか淋しい写真展、深く繋がった人との会話、時間、温度。

本当に自分自身の裏側までしみる『好きなもの』にたくさん包まれた時間だった。
明日からどうとかではまるでないけれど、今日は久しぶりにしっかり感じれた。
こんな小さな島国だったんだと感じます。
確かな情報が欲しいと思います。
色んな情報が入ってくる度、体の芯が冷たくなります。
1ヶ月後は必ず少しは落ち着いている。と、そのために何かと考えていました。
それは、やっぱり自分の身に起きたことでないから。
それさえも揺らいでる今、何をしたらいいのでしょう。
心配し過ぎってことがない今、
自分自身に問いかけます。

この気持ちをどう言えばいいのか解らず、
ただただ流れる放送を見続けているだけ、それだけなのに心と体は疲れていきます。
こんなに大変な人達がいるのに…。目をそらす事なんて出来ない。それは距離とゆうか、やっぱり生まれ住んでいる場所に対する愛情なのかな。
被災者の人達の言葉、被害の情報、全てが私自身の心をえぐります。辛く悲しい事ばかり。

私は大阪で小さな飲み屋をやっています。今こうゆう事が起きて、阪神・淡路大震災を経験したお客さん達が言う言葉は、
『今の自分の生活をしっかりする。毎日をちゃんと過ごす。ふつうの生活。いつものように笑って、食べて飲んで、遊ぶこともして、被災者の人たちを忘れずに生活を続けていく。忘れず思う事にも体力はいる。誰もが経験したことない今を生きてる。テレビを見ていて、息ができなくなるのも、無力感にかられて苦しいのも、同じ時を生きてるから。なのに、私は僕は、ここで暖かくしているだけだなんて、と自分を責めるのはやめて。こんなにリアルな情報を受け続ける他者になるのも経験の無いことなのだから。そうしていれば、何か一つ一つ、小さい事かもしれなくてもやれる事が見えてくる。』

私にも一つやることが見えてきました。
今はまずそれを一生懸命やりながら、今日も店を開店させようと思います。