24/6/6 | クリスチャンリンゴ事件簿、アッパールーム編のブログ

霊によって言葉が造られる

時代は社会に記号化された言葉によって頭脳に記憶されていく。均一化され既成事実として常識化され、それぞれが所有し、集積化されるとによって偶像化していく。偶像(組織の枠組)の外と内とは、専門(特殊化)と専門外(一般化)という意味であり、私は彼らの仲間(クリスチャン)からは外(ノンクリスチャン)であり、特殊(学問的な聖書)に対して、一般(混沌)にまぎれこんだ個性の言葉で語っていく。

 

隠された網(一般)に落ちた私を引き上げてください。あなたは私の砦。まことの神、主よ、御手にの霊をゆだねます。私を贖ってください。私は空しい偶像に頼る者を憎み、主に、信頼します

…詩編31:5~7

 

ダビデの詩は私の心に滲み込んでくる。それは皮膚を通した内なる身体(五感)に響き、外の既成事実の常識を闇として認識できるようにしてくれる。ダビデの詩は、霊の受肉(身体)であり、三位一体のロゴスとして私たちの心に勇気(情感)づけてくれる。

 

悲しみを抱いて、私は喜び躍ります。あなたは私の苦しみを御覧になり、私の魂の悩みを知ってくださいました。私を敵の手に渡すことなく、私の足を広い所に立たせてださいました…詩編31:8~9

 

世から沈黙の価値を与えてくれる神は、敵の手(世に覆い尽くされた現象)に渡されることなく、闇に隠してくれている。沈黙の世界は孤独でない。同じ場に森羅万象の息吹きを感じながら、彼らも潜んでることが実感できる。自然は左右の間(句読点)であり、世の文章からは無意味(空白)として通過してくれる記号ということになる。

 

御もとに彼らをかくまって、人間の謀から守ってくださいます。狩庵の中に隠し、争いを挑む舌を免れさせてくださいます。主をたたえよ、主は驚くべき慈しみにの御業を、都が包囲されたとき、示してくださいました。恐怖に襲われて、私は言いました「御目の前から断たれた」と。それでもなお、あなたは向かう私の叫びを、嘆き祈る私の声を、あなたは聞いてくださいました…詩編31:21~23

 

句読点という思考空間(自らの世界観)を持つことで、人工と自然の間と精神作用という形而上学に意識を向けることができる。それは答えのない時空間(生命の鼓動)に救いを求めることにほかならない。

 

  • メタ(meta-)とは、「高次な-」「超-」「-間の」「-を含んだ」「-の後ろの」等の意味の接頭語ギリシャ語から。例えば物質界の現象を超越した世界を取り扱う学問を「形而上学」というが、これは英語でmetaphysicsであり、physics(物理学)の後の学問として存在する
  • 世界観とは、世界の意味を問うもので、たとえば「この世界は私にとってどんな意味があるのか」「この世界で私はどのような役割を果たしてゆくことが期待されているのか」「世界の中で人間はいかなる役割を果たせば意味があるのか」などの問いに答えようとするものである。したがって、世界観とは、世界に対する態度およびその表明であるとみなすこともでき、人生観や実際の生き方と結びついている。さらに「世界観」を背景にして、「理想」や「」などの意志的側面、行動原則など実践の指針が与えられる…ウィキペディア

24/5/27ブログ参照